これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2014/07/09 恥ずかしい話

この日記は、私の医学生活を赤裸々に記録することが目的であるから、私の恥ずかしい話も、やはり、隠すわけにはいかない。 私は、少なくとも今のところ、病理医になるつもりである。 病理医とは、基本的には、病理診断を業務として行う医師のことをいう。 病理診断とは、患者の病巣から採取した標本を顕微鏡で観察し、そこで何が起こっているのか調べ、いかなる疾患であるか断定する行為をいう。 ここで重要なのは「断定」という点である。 一般には、診断とは「たぶん、この病気であろう」と推論することを言うのであって、 そこには「ひょっとしたら、違うかもしれないけれど」という意味合いが含まれている。 しかし病理診断は唯一の例外であり、「この疾患である。間違いない。」と、断言するのである。

さて、問題は、ある肝癌の症例についてである。 カルテによれば、エコーや CT, 血液検査、特に腫瘍マーカーの所見から、その患者は肝細胞癌と診断されていた。 初心者のために補足すれば、肝癌の多くは転移性癌、すなわち他臓器で生じた癌が転移したものであり、 それ以外の肝癌の大半は肝細胞癌、すなわち肝臓の細胞が癌化したものである。 転移性癌と肝細胞癌では治療の方針が大きく異なるから、両者を鑑別することは重要である。

その医師は、私に対し「肝細胞癌だっけ?」と言った。 私は、自信を持って「はい」と答えた。 すると医師は、病理診断の結果をみようとした。 そこで私は「病理診断は行っていません」と補足した。 医師は「(肝細胞癌で)間違いないのか」と述べた。 私は、しまった、と思いつつ「画像所見などからの診断です」と答えた。

おわかりか。 病理診断を行っていない以上、それは「たぶん肝細胞癌である」という状態なのであって、 「肝細胞癌で間違いない」と断言できる状態ではない。 臨床的には、諸般の事情から、必ずしも病理診断が行われるわけではないから、そういう状況も、おかしなことではない。 臨床医の中には病理診断を軽視する人もいるようだが、病理医を志望する学生が、病理診断もなしに肝細胞癌と断定するかのような発言をするのは、言語道断である。 先の医師からの「肝細胞癌だっけ?」という問いに対しては、「画像や腫瘍マーカーからは肝細胞癌が疑われます」などと答えるべきであった。 その医師は特に言葉を続けなかったが、「君は不勉強である」という暗黙のメッセージを、私は読み取った。

以後、発言には気をつける所存である。


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