これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2014/07/28 診断学と確率論

7 月 20 日に、診断は確率事象ではないが、 適当な確率モデルを用いれば、主観的ではあるが確率事象に近似して考えることができる、と述べた。 しかし、そのように確率事象に近似して考えることが、臨床医学として妥当かどうかは別の話である。

咳嗽を主訴とする患者に対し、ある確率モデルに基づいて、検査所見を含めて、原因疾患として 感冒 80 %, 肺炎 18 %, 肺癌 2 % の確率であると計算されたとしよう。 この状況で「たぶん風邪だから、暖かくして、よくお休みなさい。薬はいらないよ。」とだけ言って患者を帰す医者は、あまりいないと思う。 念のために確認しておくが、感冒に対しては、抗生物質は有効ではないことが多いし、解熱剤には回復を早める効果はない。 また、肺炎の可能性を否定できないから、少なくとも「もし 2, 3 日して治らなければ、またいらっしゃい。」ぐらいは言うだろうし、 場合によっては抗生物質も処方するかもしれない。 あるいは、肺癌の可能性を否定はできない旨を伝え、症状が軽快しても定期検診を受けるよう勧めるかもしれない。

では、感冒 98 %, 肺炎 1.5 %, 肺癌 0.5 % であれば、どうか。 この状況で抗生物質を処方するのは、適切ではあるまい。 また、肺癌の可能性を否定できないなどと患者に伝える医者は、あまり多くないのではないか。 しかしながら、こうした患者のうち 200 人に 1 人程度は、実は肺癌なのに見逃されてしまうことになる。 すなわち、200 人に 1 人程度であれば、見落としは仕方ない、それで治療が遅れて致死的になっても医師の責任ではない。 そう主張していることになる。

では、肺癌である確率が何 % 以下であれば、見落しはやむを得ないのか。 確率論を診断に用いるというのであれば、明確な閾値が存在するはずである。 もし、それが存在しないのであれば、実際には診断に確率論を用いてはおらず、何となくの漠然とした感覚で診断していることになってしまう。

こう考えると、確率論を診断に用いるのは適切ではなく、実際、多くの医師は確率論を用いてはいないのではないかと思われる。 胸部 X 線写真や、場合によっては胸部 CT 画像をみて、腫瘍を疑う所見がなければ、確率云々ではなく肺癌の可能性を除外して考えるのではないか。

私自身、この問題はよくわからないので、今は未解決課題として保留しておく。

2014/09/10 語句修正

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