これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/09/22 優秀さの証明

日本で医師免許を取得するためには、医師国家試験に合格しなければならない。 医師国家試験の受験資格は、日本の大学医学部を卒業した者、卒業見込の者、あるいは外国で医師免許を取得した者などに与えられる。 これに対し米国の United States Medical Licensing Examination (USMLE) は、外国で医学教育を受けた者にも門戸が開かれているらしい。 そのため、日本の医学科生の中にも、USMLE を受験する者が少なくないらしい。

彼らが USMLE を受験する理由はよくわからないが、米国で医師として働きたい、と考えている人は、それほど多くはないのではないかと思う。 将来、米国に留学する可能性があり、その時に役立つかもしれないから、というようなことを言う人もいないではない。 しかし、たぶん、本当のところは、経歴にハクがつくから、あるいは、なんとなくカッコイイから、というようなものであろう。 資格というものは、持っていて損をすることはあまりないから、USMLE を受験し、資格取得すること自体は、悪くない。 ただし、自身の優秀さを示すための手段として、そうした資格に頼っているとすれば、いささか、危険であるように思われる。

自分が優秀かどうか、などということは、自分が一番よくわかっているだろう。 どうして、それを他人からの評価によって確かめる必要があるのか。 自分の優秀さを他人に示したいならば、学術的議論により自身の学識を示せば良いのであって、学位だの免許だのは必要ない。 専門家同士であれば、3 分も話せば、相手がどの程度優秀であるかなど、推定できる。 もちろん、3 分で相手の全てがわかるわけではないが、資格などよりは、よほど雄弁である。

要するに、自信がないのだろう。 中学・高校時代から、試験の点数で能力を測るという残念な教育に親しんでしまった人々の、 資格などのわかりやすい指標がなければ不安になる、という心境は理解できなくもない。 自慢話であるが、その点、我が母校である麻布中学校・高等学校の教育はすばらしかった。 高校三年生の時、大学受験を強く意識した生徒の一人が「本番では云々」と発言した時、別のある生徒が、すかさず 「本番とは何のことか。いつから、麻布は受験予備校になったのだ。」と茶々を入れたことがあった。 あれから十数年経ち、校長も根岸さんから氷上さん、平さんと交代しているが、 世間から「進学校」などと呼ばれつつも実際には進学を意識した教育はほとんど行わない、あの風土は健在であるらしい。

閑話休題、詳細は忘れたが、近いうちに USMLE の受験資格の要件が厳しくなり、現状の日本の医学部教育では、多くの大学の卒業生が USMLE を受験できなくなる、という話がある。 そこでカリキュラムを変更し、USMLE の新基準に適合させよう、という動きが、あちこちの大学であるらしい。 馬鹿げた話である。 単に現行カリキュラムが不適切だから修正する、というのならわかるが、どうして USMLE が出てくるのか。なぜ、米国の基準に、我々が合わせる必要があるのか。

現在の日本の医学部教育は、上から下まで、主体性がない、と言わざるを得ない。


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