これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/09/20 抗不整脈薬

心室頻拍による心停止を来した患者に対し、抗不整脈薬として何を投与するか、という問題を考える。

中途半端に勉強した学生であれば、「アミオダロン」と即答するであろう。 中には「アミオダロン 300 mg または体重あたり 5 mg/kg」と述べる者もいるかもしれない。 なお、私は救急医療について不勉強なので、Advanced OSCEの際には「I 群抗不整脈薬、リドカイン」と述べた。 この私の意見に対し「リドカインの使用は根拠薄弱であり、アミオダロンの方が優れているという統計的エビデンスがある。君は不勉強であるな。」と 指摘する学生もいるだろうが、彼らも、私と同程度に不勉強である。

過去に何度も書いたが、いわゆる統計的エビデンスは、伝家の宝刀、全てを決定する最終兵器、ではない。 統計は、いかなる条件で調べたか、いかなる方法で解析するかによって、いかようにも、変ずることができる。 理論的裏付けのない「統計的エビデンス」ほど脆弱なものはない。 本来、薬剤を投与する以上は、その不整脈の原因を調べ、機序を推定し、それに併せて薬剤を選択するべきである。 ある特定の患者集団で調べた統計を、無思慮に眼前の患者に適用することは許されない。

臨床指向の強い学生の一部からは、次のような反論があるだろう。 「そうはいっても、救急現場では、原因を精査する時間的余裕はない。標準的とされる治療を適用するしか、ないではないか。」 その通りである。 私は、救急現場でアミオダロンを使用することを批判しているわけではなく、躊躇なくアミオダロンと答える精神のありさまを批判しているのである。

なお、彼らの論拠は米国心臓協会の 2010 年ガイドライン (Circulation, 122, S639-946 (2010).) や、 それに類する日本のガイドラインに準拠して書かれた教科書である、へるす出版『救急診療指針』改訂第 4 版などであろう。 これらの書物は、リドカインよりアミオダロンが良さそうだとは述べているが、よく読むと、いかにも自信のなさそうな表現で、弱く推奨しているに過ぎない。

アミオダロンの投与が適切だとする、十分に信頼できる医学的根拠は存在しない。 それを思えば、「やむをえず」アミオダロンを投与するにしても、「これで本当に良いのだろうか」という不安が、常に、つきまとうはずである。 自信に満ちた態度で投与すれば患者や家族に安心感は与えるであろうが、本当に自信に満ちているならば、その者は医師としての思慮、あるいは誠実さに欠ける。

アミオダロンが推奨される論拠は、短期的な転帰においてはアミオダロンがリドカインよりも優れていた、という報告である。 短期的な転帰、というのは、つまり「すぐには死なない」という意味である。 その一方で、生存退院率、つまり「生きて退院できる頻度」については、特に差がなかったという。 なぜか、ということはよくわからないが、アミオダロンは細胞膜をいささか変性させて様々なイオンチャネルを阻害する薬剤であるから、 不整脈を止める、という意味においては強力である一方、副作用も大きい。 この副作用が、長期的には、短期的な利益を打ち消してしまっている疑いがある。 はたして、この薬剤が、本当にリドカインよりマシなのか。 実は十年後の転帰についてはリドカインの方が良い、ということも、理論的には、十分に考えられる。 患者に害を為さないように、と、アミオダロンを控える判断にも、一定の合理性はあるといえよう。

結局、どちらが良いのか、よくわからないのである。


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