これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/09/13 血清イオン化カルシウム濃度

血液中には様々なイオンが含まれているが、今日は、カルシウムの話である。 血中カルシウム濃度は、細胞の働きなどに重要である。もし濃度が著しく異常になると、細胞機能、特に神経や筋肉などの機能に異常を来す。 血中のカルシウムのうち、イオンとして存在しているのは半分弱程度であって、それ以外はアルブミンなどの蛋白質と結合したり、他の酸と結合したりしているらしい。 細胞に対して機能を発揮するのはイオンとして存在しているカルシウムだけなので、臨床検査において我々が本当に知りたいのは、このイオン型のカルシウム濃度である。 臨床的には蛋白質などと結合したものも含めた全カルシウム濃度が測定されることが多いが、 金原出版『臨床検査法提要』第 34 版によれば、これは測定技術上の事情で、イオン型カルシウムの測定は煩雑なためであるらしい。

生理的条件の変化、たとえば血中アルブミン濃度であるとか、血漿の pH であるとかによって、カルシウムと蛋白質などの結合の具合は変わってくる。 そこで、1970 年代頃までに、イオン型カルシウムの濃度を評価する方法が盛んに検討されたのだが、その後は下火になったようである。 現在、最も広く支持されている補正方法は

(補正カルシウム濃度 [mg/dL]) = (全カルシウム濃度 [mg/dL]) + (4.0 - アルブミン濃度 [mg/dL])

と、いうものである。 つまり、イオン型カルシウム濃度が同じであっても、アルブミンが少なければ検査で測定される「全カルシウム濃度」は低くなるのが当然であるから、 その分を補正して評価する、という考え方である。 アルブミン濃度の基準を 4 mg/dL としていることには、深い意味はない。 また、pH などとの関係を補正することは、難しい、と考えられているようである。

さて、「臨床検査法提要」によれば、この補正式は 1973 年に R. B. Payne (British Medical Journal, 4, 643-646 (1973).) らが提唱したものである。 この式が普及した理由はよくわからないのだが、たぶん「簡便だから」というだけのことであろう。 この補正が適切だと信じるに足る根拠があってのことではない、と思われる。 なお、一部の教科書などでは「低アルブミン血症がある場合には、この式で補正する」などと書かれているが、これは Payne らのデータではアルブミン濃度が 3.0-4.5 mg/dL 程度の範囲に集中しているためである。 すなわち、アルブミン濃度が 3.0 mg/dL 以下または 4.5 mg/dL 以上の場合には、この式は適用できない。

イオン型カルシウム濃度を推定するための試みとして、多くの人が、様々な案を繰り出した。 たとえば F. C. McLean らの式 (Journal of Biological Chemistry, 108, 285 (1935).) は、次のようなものである。 Ca は総カルシウム濃度 [mg/dL], P は総蛋白質濃度 [g/dL] であり、sqrt() は平方根、^ は冪乗である。 全く理解せずに書き写しているので、間違いがあるかもしれない。

(補正カルシウム濃度 [mg/dL]) = [(25 Ca / (99 - 0.188 Ca)) x (121 x 5 P / (99 - 0.75 P)) - 6.02] x 2 + 2 x sqrt((602 Ca / (99 - 0.188 Ca)) + [(121.5 P / (99 - 0.75 P)) - (25 Ca / (99 - 0.188 Ca)) + 6.02]^2)

さて、イロイロと補正方法は提案されているが、どれもこれも使いものにならない、ということを主張したのは J. H. Landenson (Journal of Clinical Endocrinology and Metabolism, 46, 986-993 (1977).) らである。 補正して求めた値よりも、元の総カルシウム濃度の方が、強く血清カルシウム濃度と相関している、と、いうのである。

一体、何がどうなっているのか。 比較的最近の報告として、T. R. Larsen (Scandinavian Journal of Clinical Laboratory Investigation, 74, 515-523 (2014).) によると、 イオン型カルシウム濃度は、測定した施設や装置によって、いくぶん、ばらつきが生じるらしい。 (なお、現時点では、私はこの報告の本文を入手できなかったので、abstract しか読んでいない。あと半年ほどで電子ジャーナルに載るらしい。) 先の Landenson の報告は、これが原因であると思われる。 余談であるが、この雑誌には、しばしば、こうした臨床検査医学についての面白い報告が掲載される。

結局のところ、イオン型カルシウム濃度は様々な要因によって変動する一方、それを推定するのは困難であるらしい。 もちろん、「他に方法がないのだから、仕方ない」という論理で、アルブミン濃度についてだけアヤシゲな補正を行うことは、正当化できない。 設備の整った病院であるならば、積極的に、イオン型カルシウム濃度の直接測定を実施すべきであろう。 その上で、データを蓄積して、理論を捻り出し、新しい補正式を提案することが望ましい。


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