これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
高度に専門的な話が続いたので、今日は一般向けの話を書く。一般向けといっても、あくまで医学的な「こぼれ話」のようなものである。
脳神経外科や整形外科などでは、手術に際して、骨を削ったり、つないだりすることがある。 たとえば脳腫瘍を切除するために、頭蓋骨の一部を切り外して脳を露出させ、腫瘍を切除する。 終わったら、さきほど切り外した頭蓋骨を元の場所に戻して、隙間を糊のようなもので埋める。 元と同じ場所ではあるが、一種の骨移植を行っていることになる。
ところで骨は、血管が豊富な組織である。 顕微鏡でよくみると、骨には血管が通るための管がたくさんあり、ハバース管と呼ばれている。 特に、骨の外の血管と骨の中の血管をつないでいる管のことはフォルクマン管と呼ばれる。
さて、先程の「同所性骨移植」を考えると、頭蓋骨を切り外した時点でフォルクマン管を通る血管は切断されており、 取り外された側の骨には血液が供給されなくなっている。 これを元の位置に戻す際にも、血管をつなぎ直す、などということは行われない。 これを初めて手術室でみた時、私は「そんなことをしたら、骨が壊死してしまうではないか」と思った。
調べてみると、確かに、骨細胞は壊死するらしい。 一般に、骨移植を受けた部位は一度骨吸収を受け、しかる後に再度骨形成がなされるらしい。 つまりリモデリングにより壊死した骨は作り直されるので、問題ない、というのである。
このように、骨移植に際しては、移植片は単に骨形成の足場を為しているだけであって、骨そのものを提供しているわけではない。 そう考えると、必ずしも骨そのものを移植しなくても、足場になる人工物を使えば良いではないか、ということになる。 実際、そういう方向で、いわゆる人工骨の研究開発は進められているらしい。
ところで、もし大腿骨頸部で骨折が起こると、大腿骨頭部は虚血になり、壊死し、圧壊し、股関節の機能が損なわれることがある。 いわゆる外傷性大腿骨頭壊死症である。 「頸部」とか「頭部」とか言っても専門外の人にはわからないかもしれないが、まぁ、フトモモの骨のクビやアタマの部分と思っていただければ、だいたい合っている。 この場合、骨移植の場合とは異なり、血管新生やリモデリングによる回復は起こらないらしいのである。
大腿骨頭壊死症と骨移植では、何が違うのか。 医学書院『標準整形外科学』第 12 版によれば、これは次のような事情であるらしい。 大腿骨頭壊死症の場合、骨細胞が死滅してからリモデリングを受けるまでの期間に、関節の運動に伴って、病変部はには、かなりの機械的負荷が加わる。 この機械的負荷によって圧壊が生じるのである。 つまり、もし負荷が加わらないようにしたままリモデリングを待つことができれば、外傷性大腿骨頭壊死症であっても、圧壊による股関節機能障害は起こらないのである。
整形外科学に詳しい人にとっては常識なのだろうが、私には新鮮な話であり、フーム、ナルホド、と興奮したので、ここに記録しておく次第である。