これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/09/10 くる病

2016 年 1 月 10 日の記事も参照されたい。

くる病とは、小児においてビタミン D の作用障害により骨の石灰化不全を来す疾患を総称していう。 同様の病態が成人に生じたものは骨軟化症と呼ばれる。 小児と成人で別疾患として扱われるのは、小児の場合は骨格の形成障害を来すために、成人とは症状が異なるからである。

ひとくちにビタミン D の作用障害、といっても、具体的な病因は多様である。 `Nelson Textbook of Pediatrics 20th Ed.' によれば、ビタミン D 摂取不足の他に、多様なビタミン D の利用障害が原因としてあり得る。 たとえば、腎臓に発現しているビタミン D 1-αヒドロキシラーゼの欠損症は、ビタミン D の活性化障害を来すものであり、ビタミン D 依存性くる病 1 型と呼ばれる。 また、ビタミン D 受容体遺伝子変異の中には、ビタミン D への感受性が低下するものがあり、ビタミン D 依存性くる病 2 型と呼ばれる。 もちろん、完全な機能喪失型変異をホモ接合で有する場合は致死的であろうから、出生した患者に限れば、完全な機能喪失型は存在しない。

理屈から考えてわかるように、ビタミン D 依存性くる病 1 型に対しては活性型ビタミン D の投与が有効であり、 また 2 型に対しては活性型ビタミン D を多量に投与すれば良い。 これらの治療を生涯にわたって続ける必要はあるが、くる病による骨の異常をくいとめることはできる。 これが「ビタミン D 依存性」と呼ばれるゆえんである。

医学書院『医学大辞典』第 2 版によると、歴史的に、「単なるビタミン D 摂取不足」以外の原因による くる病を「ビタミン D 抵抗性くる病」と呼んでいたらしい。 これらの中には、上述の 2 種類のビタミン D 依存性くる病が含まれる。「依存性」なのに「抵抗性」と呼ぶのはおかしいので、現代では、「抵抗性」という表現は普通は用いない。

本当に「ビタミン D 非依存性」のくる病としては、いわゆる低リン血症性くる病がある。 普通、いかなる食物にも十分量のリンが含まれているから、不適切な経静脈栄養でもしない限りは、リンの摂取不足で低リン血症を来すことはない。 しかし腎臓の近位尿細管におけるリン等の再吸収障害を来す症候群、いわゆる Fanconi 症候群においては、低リン血症を来すことがある。 ビタミン D の作用を直接に阻害しているわけではないが、結果的に骨の石灰化不全を来す。くる病の一型として良かろう。

遺伝性のものとしては、繊維芽細胞増殖因子-23 (Fibroblast Growth Factor-23; FGF-23) 関係のものがある。 FGF-23 は尿細管におけるリンの再吸収を抑制すると共に、ビタミン D の 1-αヒドロキシル化、すなわち活性化を抑制するらしい。 従って、この FGF-23 の作用を増強するような変異を有する家系では、遺伝性くる病を来す。

さて前置きが長くなったが、 医学書院『標準整形外科学』第 12 版には「アルカリホスファターゼ (ALP) はいずれの病態のくる病・骨軟化症でも著明高値である。」と記載されている。 この事実をどう解釈するか、という点が、本日の主題である。

学生の中には「ALP は骨破壊病変を示唆するマーカーである」と認識している者が稀ではないようだが、それは誤りである。 ALP には複数のアイソザイムが存在し、いわゆる骨型の ALP3 は骨芽細胞の膜蛋白質であるが、 分解されて血中に放出され、これを血液検査では測定しているのである。 すなわち、骨型 ALP の測定は骨芽細胞の活動性をみているのであって、臨床的には骨形成マーカーとされる。骨破壊ではない。 なおマニアックな話だが、「日本臨床」71 巻 増刊号 2 (2013) 『最新の骨粗鬆症学』 p.258 によれば、骨型と肝・腎型は翻訳後修飾の違いであるらしく、 選択的スプライシングではない。

なぜ、くる病において血中 ALP 活性が高値となるのか。 ビタミン D の作用と直接関係しない、いわゆる Fanconi-Bickel 症候群 (ややこしいが、いわゆる Fanconi 症候群とは異なり、糖原病の一型である) においても典型的には ALP は高値になるらしいから、 どうやらビタミン D の機能ではなく、低カルシウム低リン血症そのものが ALP と関係しているようである。 `Principles of Pharmacology 3rd Ed.' などの教科書も、ビタミン D は破骨細胞を活性化すると述べているのみで、 骨芽細胞に作用するとは記載されていない。

たぶん、おおまかには次のような事情なのだろう。 生理的には「分化した骨細胞あるいは成熟した骨芽細胞は、幼若な骨芽細胞の活動を抑制する」という負のフィードバック機構が存在するものと思われる。 くる病では骨基質となるリンやカルシウムが欠乏しているから、骨芽細胞は分化障害を来し、 フィードバックが適切に働かず、幼若な骨芽細胞の活動性が高まる。 その結果として、幼若骨芽細胞由来 ALP3 の血中活性が高値になるのであろう。 なお組織学的には、普通、くる病において骨芽細胞の明らかな過形成は認められないらしいから、 このフィードバックは骨芽細胞の増殖ではなく活動性を調節しているものと考えられる。


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