これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/09/08 ホモシスチン尿症

日本国では、まっとうな病院や産院で生まれたヒトは、例外なく、新生児マススクリーニングを受ける。 これは新生児に対する血液検査であって、フェニルケトン尿症やホモシスチン尿症などの先天性疾患を発見するためのスクリーニング検査である。 これらの疾患は、診断さえできていれば、かなりの率で症状を軽減できるから、早期診断が重要なのである。

一昨日、医学書院『標準整形外科学』を読んでいて、ホモシスチン尿症についての記載に遭遇した。 この疾患は、メチオン代謝酵素の一つを先天的に欠いているものであって、臨床的には精神遅滞や中枢神経系の障害などを来すが、 他に、Marfan 症候群様の身体発達異常を呈するという特徴がある。 このために、整形外科学の教科書にも記載されているのである。 具体的な所見は、本題から逸れるので、ここには書かない。

メチオニンは必須アミノ酸の一つであるが、普通の食生活をしているぶんには、だいたい、過剰になる。 そこで余った分は、(代謝中間体のことを別にすれば) 脱メチル化されてホモシステインになる。 ホモシステインは、葉酸からメチル基を転移されてメチオニンに戻ったり、あるいはセリンと結合してシスタチオニンになったりする。 このシスタチオニンを合成する酵素が欠損しているのが、古典的ホモシスチン尿症である。 他の酵素の欠損によるホモシスチン尿症については、今回は割愛する。 ホモシステインは過剰になると、S-S 結合による二量体、すなわちホモシスチンを形成する。 これが尿中に排泄されるので、ホモシスチン尿症と呼ばれるのである。

問題は、ホモシスチン尿症の患者は、なぜ、諸々の異常を来すのか、という点である。 東京化学同人『生化学辞典』第 4 版には「おそらくホモシスチン, メチオニンの増加, システインの低下などによるものと考えられてはいるが本態は不明である.」と書かれている。 しかし「本態は不明」と言われても納得せずに考察し、仮説を打ち立てるのが学生というものである。

一昨日の晩、私は、ビタミン B12 欠乏症が本疾患の本態ではないかと考えた。 ビタミン B12 欠乏症で神経障害を来すことや、ホモシステインからメチオニンを合成する反応が葉酸やビタミン B12に依存的なことから得た着想である。 しかし臨床的には葉酸やビタミン B12 の投与に反応しない例が少なくないらしいので、この仮説は、あまり説得力を持たなかった。

昨日の朝、今度はスルフヒドリル基 (SH 基) の異常な転移反応により、様々な蛋白質の構造変化を来すのが本態なのではないかと考えた。 実は、この発想こそが、私の生化学的センスのなさを示している。

昨晩、`Robbins and Cotran Pathologic Basis of Disease 9th Ed.' をながめていたら、124 ページに次のような記載があった。訳文のみ示す。

血中ホモシステイン濃度の上昇は、動脈性および静脈性の血栓症を来す。(中略) このホモシステインの作用は、たぶん、 ホモシステインと、フィブリノーゲンその他の蛋白質との間にチオエステル結合が形成されることによる。

そういえば、朧げではあるが、三年生の頃に日本語版の「ロビンス」を読んだ際、ホモシステイン云々という記述に出会った記憶はある。 ただ、その時は「ホモシステイン」が一体、いかなる物質であるのか理解していなかったために、記憶の片隅に追いやられてしまい、思い出せなかったのである。 ついでに言えば、一昨日あるいは昨日の時点で、こうした記述を発見できなかったことは、私の文献検索能力があまり高くないという事実も示している。

ともあれ、こういう場合に起こりやすいのは、チオエステル結合であって、スルフヒドリル基転移反応ではない、らしい。 こうした生化学的センスの欠如は、私が生化学を系統的に学んでいないことに由来するものと思われる。 私は、医学部編入受験生時代に「シンプル生化学」を読み、三年生の頃に「ストライヤー 生化学」を少しかじっただけで、キチンとした勉強は、していない。 このまま医師になると、どこかで重大な失敗をしそうで恐ろしいので、卒業前に「ストライヤー」を一度は通読しておこうと思う。


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