これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/09/07 尿酸代謝

痛風、と呼ばれる疾患がある。 尿酸ナトリウムを主体とする尿酸塩が関節に沈着し、非感染性関節炎を来す疾患である。 母趾の中足骨近位趾骨関節、俗な表現をすれば「足の親指の付け根」、に好発する。 尿酸は、基本的にはアデニル酸やグアニル酸、イノシン酸といったプリン塩基の代謝産物として生じる。 このあたりまでは、一般大衆にも、割と知られている内容である。

尿酸代謝は図を描いた方がわかりやすいが、言葉で説明すると、次のようになる。 アデノシンは脱アミノ化によりイノシンになり、イノシンは脱リボシル化によりヒポキサンチンとなる。 一方、グアニンは脱アミノ化によりキサンチンになる。 キサンチンオキシダーゼは、ヒポキサンチンをキサンチンに変換する一方、キサンチンを尿酸に変換する作用もある。 痛風は、高尿酸血症と関係が深いと考えられていることから、治療薬としてはキサンチンオキシダーゼ阻害薬であるアロプリノールなどが用いられる。 キサンチンオキシダーゼが阻害された結果として高ヒポキサンチン血症や高キサンチン血症を来すが、これらは、ある程度は可溶性であるため、 結局は尿中に排泄されるのである。

さて、この痛風を巡り三つの興味深い問題がある。

一つは、キサンチンオキシダーゼの存在意義である。 ヒポキサンチンやキサンチンが、そのまま排泄可能であるならば、そもそもキサンチンオキシダーゼなど存在しない方が、痛風にならなくて良いではないか、 と考えるのは自然なことである。

ヒト以外の哺乳類は、基本的には痛風にならないらしい。 というのも、`Principles of Pharmacology 3rd Ed.' によれば、ほとんどの哺乳類はウリカーゼ、すなわち尿酸分解酵素を持っているために、血中尿酸濃度は低く保たれるのである。 ヒトは進化の過程でこのウリカーゼを失ったが、キサンチンオキシダーゼは保存されたために、このような珍妙な代謝経路を持つことになったのである。

しかしキサンチンオキシダーゼが保存されたのは、単に進化の選択圧から偶然逃れた、ということではないらしい。 というのも、`Harrison's Principles of Internal Medicine 19th Ed.' によると、キサンチンオキシダーゼ欠損症、すなわち遺伝性高キサンチン血症では、 2/3 の症例は無症候性である一方、残りの 1/3 はキサンチン性の腎結石などを来すことがある。 すなわち、どちらかといえば、キサンチンオキシダーゼは、ないよりも、あった方が良いらしい。

以上のことから考えると、ウリカーゼを失ったという前提で考えれば、最も都合が良いのは キサンチンオキシダーゼの活性が低いような多型を有するヒトであろう。 しかし、そうした多型が広まるほどには、進化の選択圧は強くなかったようである。

第二の不思議は、コルヒチンである。 コルヒチンは微小管重合阻害薬であり、ビンカアルカロイド系抗癌剤と類似の機序を有する薬剤だが、抗癌剤としては用いられない。 医学書院『医学大辞典』第 2 版には「尿酸の排泄促進や合成阻害作用はなく, 消炎作用もない。」と書かれている。 一方 `Principles of Pharmacology 3rd Ed.' によれば、微小管機能障害により、好中球の 1) 貪食作用の抑制; 2) 遊走の抑制; 3) 運動性の抑制; 4) 細胞内シグナルの抑制、 を介して炎症を抑制するものであるらしい。臨床的には、痛風発作の予防薬ということになる。 つまり、医学書院が述べているのは「マクロファージが動員されてしまったら、もう効かない」という意味なのであろう。

さて、問題は、なぜ、コルヒチンは抗癌剤として使用されないのか、ということである。 抗癌剤としては治療域が狭いらしい、というような記述はみたことがあるのだが、どういうことなのか。 はっきりしたことはわからないのだが、`Principles of Pharmacology 3rd Ed.' によればコルヒチンは、著明な腸肝循環を行うらしく、 そのために腸管傷害を来しやすいらしい。 ではビンクリスチンやパクリタキセルはあまり腸肝循環しないのか、という点については、よくわからない。 しかし、この腸肝循環による説明が正しいならば、胆管癌などに対し、コルヒチンが有効である可能性はある。 さらに、痛風の発作予防薬として低用量ビンクリスチンは有効で、しかもコルヒチンより消化管における副作用が少ないだろうと考えられる。 臨床的にコルヒチンが用いられているのは、単なる歴史的経緯のために過ぎないのではないか。

第三の問題は、医学書院『標準整形外科学』第 12 版や `Principles of Pharmacology 3rd Ed.' に共通して記載されている 「痛風の発作時に高用量のアロプリノールを投与すると、尿酸ホメオスタシスが乱れ、痛風発作を増悪させることがある」という説明である。 何を言っているのか、さっぱり、わからぬ。

2015.09.08 誤字修正

戻る
Copyright (c) Francesco
Valid HTML 4.01 Transitional