これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/09/04 ウイルス性肝炎

2015.09.11 追記: 本記事の内容には、重大な問題がある。後日、修正する。

教科書的には、肝炎の原因となるウイルスには、肝炎ウイルスの他に Epstein-Barr ウイルス (EBV)、サイトメガロウイルス (CMV)、 単純ヘルペスウイルス (HSV) があり、稀ではあるがヒトヘルペスウイルス 6 型 (HHV-6) による肝炎の報告もある、とされている。 これを読んだ時、私は、そんな馬鹿な、と思った。 HHV-6 は、乳幼児で突発性発疹の原因にはなるが、それ以外には基本的に無害であると考えられている。 後天性免疫不全症候群など免疫機能に問題がある患者ならともかく、健康な若年者において、こうしたウイルスが肝炎を引き起こすと考えるのは、理論的に無理がある。 医学の世界には、理論を軽視し、中途半端な経験に基づいて飛躍した論理を展開する者が多いから、どうせ、これもその類であろう、と考えた。 そこで、その「報告」というものを調べてみると、どうやら原因不明の肝炎症例において、 肝臓の生検標本から定量 PCR で当該ウイルスのゲノム DNA を多量に検出した、ということであるらしい。 非専門家にもわかるように平易にいえば、要するに「原因不明の肝炎患者の肝臓で、これらのウイルスが増殖していた例がある」ということである。 私が調べた限りでは、どうやら EBV や CMV が肝炎を引き起こすという説も、同様の症例報告に基づいているらしい。

言うまでもなく、これは論理が破綻している。 感染症について、ある微生物が原因であるとするための必要十分条件として、 19 世紀ドイツの解剖学者である Friedrich Gustav Jacov Henle が唱えた「ヘンレの三原則」が有名である。 このヘンレは、腎臓の「ヘンレの係蹄」などで知られる、あのヘンレである。 ヘンレの三原則とは、医学書院『標準微生物学』第 12 版によれば 1) 病変部に、必ず、その微生物が存在しなければならない; 2) その微生物は、その疾患にだけ見いだされなければならない; 3) その微生物を培養して感受性のある動物に接種すると、その疾患にならなくてはならない、というものである。 さらに、ヘンレの流れを汲む感染症学の巨人 Heinrich Hermann Robert Koch は、 4) その接種されて疾患を患った動物から、同一の微生物が分離されねばならない、というものを加えて「コッホの四原則」を唱えた。

よくよく考えてみると 2) の条件は不適切である。 ヘンレやコッホは、当該微生物が「たまたま、そこに居合わせただけの passenger」である可能性を除外するために、この条件を設けたのであろう。 しかし不顕性感染、つまり感染しているが発病していない、という状態はあっても良いから、この条件は厳しすぎる。 そこで考え直してみると、もし 1) 3) 4) を厳密に満足する passenger がいるとすれば、それはヒトに普遍的に寄生している微生物であろうから、 2') 健常者においては、その微生物に感染していない例がある、というような形に変形すれば、合理的に passenger を除外でき、十分である。 ここでは便宜上、これを「改変コッホの四原則」と呼ぶことにしよう。 実際、ウイルス学の現場では、この改変コッホの四原則こそが用いられているように思われる。

さて、改変コッホの四原則に照らして考える。 肝炎に対して EBV, CMV, HHV-6 は 2') を満足しているし、1) についても、肝炎のうち一部の群を独立した疾患と考えることで、満足できるであろう。 しかし 3) 4) は満足していないことから、原因ウイルスであるとはいえない。

では、どうすれば、これらのウイルスが肝炎の原因であると証明できたことになるのか。 肝炎の原因となることが証明されている B 型肝炎ウイルス (HBV) や C 型肝炎ウイルス (HCV) の場合、 ウイルスの発見より前に、不幸にしてこれらを意図せず接種したために肝炎となった患者が多数いたから、 ウイルスの分離にさえ成功すれば、改変コッホの四原則を満足することが可能であった。 もちろん、このウイルス分離の過程には多大な苦労があったのだが、その辺りの事情については 2004 年の「日本臨床」62 巻増刊号 7, 8 (ウイルス性肝炎 上、下) で簡潔に紹介されている。

さて、我々が問題にしている EBV, CMV, HHV-6 の場合、これらを接種して人体実験するわけにはいかないから、 改変コッホの四原則を厳密に満足することは、事実上、不可能であると思われる。 しかし、それは十分な検証なしに、これらを肝炎の原因と決めつけて良いとする理由にはならない。

改変コッホの四原則に相当するだけの根拠として、次のような病理学的事実を確認する必要があるだろう。 まず、ウイルスが肝細胞傷害を引き起こす機序について、ウイルス自体の細胞変性効果によるものなのか、細胞傷害性 T 細胞によるものなのかを明らかにする必要がある。 前者であれば、そうした細胞変性効果を、後者であれば CD8 陽性 T 細胞の集簇や、その T 細胞がウイルス由来エピトープに対して反応することを、 患者の肝臓において組織学的に確認せねばならない。 そうした証拠があって、初めて、改変コッホの四原則に相当するだけの根拠とすることができる。

2015.09.05 語句修正

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