これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/09/02 止血と塞栓症

昨日の記事に追記した。

血液は、なぜ固まるのか。 この謎は、未だに、解き明かされていない。 初等的な教科書には、たぶん、「第 XII 因子から始まる内因系経路」と「第 VII/III 因子複合体から始まる外因系経路」が存在して云々、 というようなことが書かれているのではないかと思う。 しかし、この理解が、完全に誤りというわけではないにせよ、あまり正確なものではない、ということは、専門家の間では、ほぼ合意が成立しているようである。 概略だけであればWikipedia第 X 因子の項にも 記載されている。古典的なモデルしか知らない人は、せめて、これだけでも読んでいただきたい。

血液凝固を巡っては、V. J. Marder らの Hemostasis and Thrombosis 6th Ed. (Lippincott Williams & Wilkins; 2013.) が詳しい。 これは、かなり高価で分量もあり、マニアックな書物であるが、書かれている内容が特別に難しいわけではないので、じっくり二年ほどかければ問題なく読めるであろう。 もちろん、名古屋大学医学部附属図書館にも所蔵されている。 血液内科医志望者や、血栓症に関心のある医学科五、六年生は、初期臨床研修修了頃までに、ぜひ、通読されたい。

興味深い話として、同書によると、ヒトの「先天性第 III 因子欠損症」なる疾患は報告されていないらしい。 マウスにおける実験では、第 III 因子の遺伝子を 2 コピーとも欠く胚は、受精後 8.5-11.5 日で卵黄嚢の血管形成異常および出血を来し、死亡するらしい。 一方で先天性第 X 因子欠損症などでは、そうしたことは起こらずに出生できることから、どうやら、第 III 因子には血液凝固因子として以外の働きがあるらしいのである。

歴史的には、血液凝固因子についてはネーデルランドのライデン大学などで盛んに研究が行われていた。 第 V 因子ライデン変異の、あのライデンである。 ライデン大学の内科学 (血液学) の H. C. Hemker らは、1965 年から 1979 年にかけて、`Kinetic Aspects of the Interaction of Blood Clotting Enzymes' と題する一連の論文を発表した。掲載誌は、初めの方は Thrombosis et diathesis haemorrhagica であったが、 後半では Thrombosis and Haemostasis に改名されたようである。 電子ジャーナルにはないが、名古屋大学医学部附属図書館には、全て揃っている。 なにしろ昔の論文なので、当時の「常識」を知らない我々にとっては、かなり読みにくい。 しかも、数式の誤記または誤植が目立つ。ひょっとすると、査読者は数学的な部分をチェックしていなかったのかもしれない。 しかし、この Hemker は大層な理論家であったようで、その理論展開は見事である。

Hemker の理論については、後日、レビューしたいと思ってはいるものの、なかなか、手がまわらない。


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