これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
一年半ほど前に、いわゆるエセ科学の話を書いた。 ここ二、三年ほどであろうか、一部で話題にされているのが「ブルーライト」である。 「ブルーライト」という学術用語は存在しないが、ブルーライト研究会による 説明からすると、 どうやら彼らは短波長の可視光線および長波長の紫外線を総称して「ブルーライト」と呼んでいるらしい。 このブルーライト研究会という団体は、慶應義塾大学医学部眼科学教授の坪田一男氏を世話人代表とする、医師、医学者らの団体であり、 学術的な内容を取り扱う、まじめな団体である。 この坪田氏は南山堂『TEXT 眼科学』改訂 3 版の編者の一人でもある。
光が、人体、たとえば概日リズムなどに何らかの影響を与えることは、まず間違いない。 長波長の光と短波長の光では影響が違う、というのも、充分に考えられることである。 従って、短波長の光線が人体に与える影響を検討することは、生理学や眼科学などの観点からいって、価値があり、学術的に妥当であるといえる。 実際、ブルーライト研究会は、そうした真面目な論文を紹介しており、真面目な団体なのだとは思う。
しかし、繰り返すが、「ブルーライト」という表現は学術的にキチンと定義されていない。 一部の、科学を尊重しない営利企業が、素人を欺く目的で流布した、いわゆるエセ科学用語の一つであって、「マイナスイオン」等と同様のものである。 彼らのいう「ブルーライト」が、場合によっては人体に悪影響を及ぼす可能性はあるが、一方で、「ブルーライト」は色彩を形成する三要素の一つであり、 我々の生活にとって極めて重要な存在であることは間違いない。 液晶モニタに貼付する「ブルーライトをカットするフィルム」の類の商品については、科学を冒涜するインチキ商品であると言わざるを得ない。 なにしろ、いわゆるブルーライトを減らしたいのであれば、モニタの設定を少しいじれば済むだけのことなのであって、そのようなフィルタなど、必要ないからである。 もちろん、そのようにモニタの設定を変えれば画面の鮮かさは減少するが、ブルーライトとはそういうものなのだから、あたりまえのことである。 逆に、フィルタがモニタの色彩に影響を与えないならば、それはブルーライトをカットできていないことの証拠である。
なぜ「ブルーライト研究会」の人々は、こうした「ブルーライト」という表現を用い、まるでエセ科学商品の製造メーカーを支持するかのような、 素人を意図的に誤解させ、欺くような内容をウェブサイトに記載しているのか。
次のような疑念を、抱かざるを得ない。 すなわち、無知な一般大衆が、「ブルーライト」なるものに対する漠然とした不安を抱き、彼らの研究や業務に関心を向け、 そして眼科医を受診することを、好都合だと考えているのではないか。
「TEXT 眼科学」は多数の著者が分担執筆した書物であるから、節により、品質に若干のばらつきはある。 その中で「糖尿病網膜症」の節は、とりわけ見事な記述であり、私は、いたく感銘を受けた。 しかし、その著者が、このブルーライト研究会なるいかがわしい団体の世話人に名を連らねていることは、遺憾である。