これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/08/12 腎機能

「腎機能」という言葉は、曖昧である。 臨床医の中には「腎機能とは糸球体瀘過量 (GFR) のことである」と主張する者もいるが、これは暴論である。 エリスロポエチンの産生や、酸塩基平衡なども重要な腎臓の機能だからである。 従って、キチンとした議論をする際には「腎機能」という漠然とした表現は用いるべきではない。

糸球体瀘過量を測定するには、イヌリンクリアランスを用いる方法や 99mTc-DTPA あるいは 99mTc-MAG3 を用いる核医学検査が有用である。 しかし、これらの検査は煩雑であるため、臨床的には、比較的簡便なクレアチニンクリアランス法や、血漿クレアチニン濃度から推定する方法が用いられることが多い。 クレアチニンを用いる方法の最大の欠点は、クレアチニンは尿細管から分泌される、という事実である。 すなわち、GFR が低下している状態であっても、クレアチニンクリアランスは低下しないことがある。

以上のことからわかるように、血漿クレアチニン濃度をもって「腎機能」の指標とするのは、かなり不適切である。 そのあたりの認識が乏しい者は、日本だけでなく、米国などでも多いらしい。

さて、本日の主題は、GFR の代償機構である。 腎臓は予備能の大きな臓器であって、腎炎などによって多少の障害を来しても、GFR は代償され、低下しない。 その機序は大別すると二つあり、尿細管糸球体フィードバックと、神経体液性の調節である。後者は、いわゆるレニン-アンギオテンシン-アルドステロン系であって、 有名であるし説明すると長くなるので、ここでは割愛する。

尿細管糸球体フィードバックは、緻密斑で管腔内液の塩素イオン濃度の低下を感知し、輸入細動脈を拡張させることで GFR を増加させるものである。 機序の観点からは、レニンが最終的に輸出細動脈を収縮させることと対照的である。

MEDSi 『体液異常と腎臓の病態生理』第 3 版は、腎臓の異常を生理学的に解説した名著である。 著者は Harvard Medical School の病理学教授 H. G. Rennke と腎臓部門の准教授 B. M. Denker である。 同書では本文中に設問が挟まれていることも理解の助けになるが、 特に第 1 章 第 4 問は味わい深い。これは、次のようなものである。

原発性糸球体疾患では瀘過に使われる部分の面積の低下によって GFR は低下する傾向にある. この変化に対する自己調節の反応はどのようなものであろうか?

これに対する解答は、もちろん「糸球体疾患であれば緻密斑を介した機序による輸入細動脈の拡張が起こり、GFR はあまり低下しない」というものである。 「GFR が正常であることは糸球体障害の不存在を意味しない」という教訓を含んでいるわけだが、 この設問において「原発性糸球体疾患では」という一言は、実は非常に重要な意義を持っている。

たとえば腎梗塞により腎臓の一部分だけが選択的に機能を失った場合や、腎癌のために腎摘出や部分切除を受けた場合、 GFR は低下するが、「残存する糸球体一個あたりの瀘過量」は不変である。 従って、直接的には尿細管糸球体フィードバックは働かず、代償機構が作動しないために GFR は明確に低下するのである。

こういった細やかな点まで考慮した丁寧な記述は、さすがハーバードである。


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