これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
Myelolipoma という稀な疾患の話を小耳に挟んだので、私が調べた内容も併せて紹介する。 どのくらい稀かというと、医学書院『医学大辞典』第 2 版や、`Harrison's Principles of Internal Medicine' 19th Ed. の索引に載っていないほど、稀な疾患である。 もちろん、このようなマニアックな疾患を学生が積極的に勉強する必要はない。 しかし、医学の深淵を覗き込み、人体の不思議と神様の悪戯に対する畏敬の念を忘れないためには、時に、こうした珍しい疾患のことを想起するのも有益であろう。
`Rosai and Ackerman's Surgical Pathology' 10th Ed. によれば、 Myelolipoma は骨髄様の組織像を示す腫瘤性病変であり、副腎皮質に生じることが多いが、縦隔などに生じることもある。 稀ではあるが両側性に生じることもある。 通常、骨髄疾患を合併しておらず、白血病などに随伴する髄外造血とは異なる。 血球は三系統とも形成されるが、しばしば、巨核球が多い。
Am. J. Surg. Pathol. 30, 838-843 (2006). によれば、X 染色体不活化の具合から考えて、造血系細胞および脂肪細胞は共にクローナルな増殖によるものである、 すなわち同一の細胞から分化して生じたものであるらしい。一方で、多くの場合、染色体転座は認められない。 細胞異型は乏しく、病変内部の血管は骨髄血管とは異なり窓が少なく、また間質も正常骨髄とは異なるらしい。 脂肪細胞と造血系細胞との比率は多様であるが、 年齢とは相関しない。 これらの状況証拠から、これは 1) 骨髄細胞が異所性に増殖したもの; 2) 胚性の間葉系細胞が分化したもの; 3) 副腎間質細胞が化生したもの; のいずれかであると考えられる。 特に 3) については、副腎皮質ホルモンの過剰な産生により myelolipomatous な病変を生じる、という意見がある。
以下は私の想像である。 この不思議な病変は、細胞異型に乏しいことや明らかな染色体異常を伴わないことから考えて、腫瘍ではなく、異所性の過形成、すなわち分離腫であろう。 細胞起源としては、上述の 2) や 3) の可能性も否定はできないが、骨髄造血幹細胞由来と考えるのが素直である。 すると問題になるのは、脂肪細胞と造血系細胞との比率は何によって規定されるのか、ということである。 考えてみれば、そもそも健常人において、加齢に伴って骨髄の造血系細胞が減少し、脂肪が増えること自体が不思議である。 造血系細胞が減少することも不思議だが、なぜ、繊維化ではなく脂肪の増加によって空間が埋められるのだろうか。 その脂肪は、一体、どこから来たのだろうか。
一口に「脂肪細胞」と言っても、骨髄の脂肪と、皮下脂肪では、細胞の形は似ていても細胞機能としては大きく異なるであろう。 さらに、健常な骨髄の脂肪細胞と、Myelolipoma の脂肪細胞でも、性状は大きく異なるに違いない。 これらの細胞間で、mRNA や蛋白質の発現具合は、どのように異なるのだろうか。 それを研究するとしたら、具体的に、何を調べれば良いだろうか。 マイクロアレイや、いわゆる次世代シークエンサーなどで網羅的に調べるのは、有力ではあるが、あまり知性的な研究デザインとはいえない。 何か妙案はないだろうか。