これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/08/03 補体の測定

ひさしぶりに医学の専門的な話を書く。 私の大好きな分野である臨床検査医学、特にマニアックな補体の話であり、医学科三年生以上の学生向けである。 そもそも「補体とは何か」ということをよくわかっていない人には、MEDSi 『エッセンシャル免疫学』第 2 版をお勧めする。 補体の話は、医学書院『標準臨床検査医学』第 4 版では 2 ページ弱しか記載されておらず、実に貧弱で、過剰に簡略化されているように思われる。 一方、金原出版『臨床検査法提要』改訂第 34 版には詳細な記述がなされており、意欲のある学生にはお勧めである。

ふつう、補体活性を測定したいと思うのは、全身性紅斑性狼瘡 (Systemic Lupus Erythemathosus; SLE) などにおける慢性自己免疫性炎症反応により 補体活性が消費性に低下していることを疑う場合である。 単に急性炎症などを検出する目的では通常、測定されない。これは、補体活性の測定がややこしく、しかも、こうした目的においては CRP などの測定に比して特に優れている点がないからである。

まず基本事項として、補体系の測定としてよく検査されるのは C3, C4 の定量、および CH50 の測定である。 C3 は補体活性化の 3 つの経路の合流点であり、C4 は古典経路の因子である。 CH50 は古典経路全体の活性をみるものである。 CH50 は、感作されたヒツジ赤血球、つまり赤血球表面抗原に対する抗体のついた赤血球に患者血清を混ぜる試験で測定する。 すなわち、50 % の赤血球を溶血させる補体量を 1 CH50 単位とし、患者血清に補体が何単位含まれているかを示すのである。 これと C3, C4 の組み合わせにより、補体系にどのような異常が生じているのか、ある程度の推定を行うことができる。

C3 と C4 だけ測定すれば CH50 の測定は不要なのではないか、というのは、もっともな疑問である。 教科書的には、C3 と C4 が正常で CH50 が低値となるのは、C3, C4 以外の補体欠損症であり、 稀な疾患である。また CH50 高値となるのは感染症や悪性腫瘍など、補体価が診断根拠として重要ではない疾患である。 従って、補体価が問題になるような状況においては、C3 や C4 が異常低値であれば CH50 も当然に低値なのであって、 CH50 の測定には、特殊な場合を除いては、診断上の価値が乏しいようにみえる。

しかし臨床検査医学的な発想としては、そもそも CH50 あるいは類似の検査により補体系全体の活性をみなければ、 C3 や C4 のみで議論するのは不適切である、ということらしい。 換言すれば、実際には補体系の異常がなくても C3, C4 が「異常値」を示すことがあるので、常に CH50 を確認する必要がある。 現時点では私はこのあたりの実感をあまり持っていないので、今後、検査部における研修等を通じてよく勉強していく必要がある。

いささかマニアックな検査としては ACH50 がある。 CH50 が古典経路をみるのに対し、ACH50 は第二経路をみるものであり、試薬が異なる。 すなわち CH50 の検査ではヒツジ赤血球を使うが、ACH50 ではウサギ赤血球を用いる。 というのも、ウサギには C3 受容体があり、第二経路による溶血が起こるからである。 ただし、そのままでは古典経路も活性化するため、Ca2+ はキレートしておく。 これは、古典経路は Ca2+ 依存的であるのに対し、第二経路は非依存的だからである。

詳しい事情は知らないが、この検査は「臨床検査法提要」には記載されている一方で、 「標準臨床検査医学」や、医学書院『臨床検査データブック 2015-2016』には記載されていない。 あまり一般的に行われる検査ではないからであろうか。 確かに、私がこの検査を「みた」ことがあるのは、The New England Journal of Medicine の Case Records of the Massachusetts General Hospital 11-2015 の症例 (ACH50 ではなく AH50 と表現されている) のみであり、稀な疾患で特殊な状況における検査であった。


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