これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
心臓は、周期的に収縮と拡張を繰り返している。病的状態でない限りは、この周期的活動は洞房結節の特殊心筋によって制御されている。 成人においては、洞房結節の細胞は、外部からの刺激がない状態では一分間に 60 回から 100 回、興奮する。 従って、心電図学においては、洞房結節が心房の興奮を制御し、かつ心房心拍数が 60-100 回/分の範囲にある状態を「洞調律」と呼ぶ。 ここで、「洞調律」の定義に心室は関係ないことに注意を要する。 心室と心房の連動が正常に行われている洞調律を、特に「正常洞調律」と呼ぶが、 たとえば完全房室ブロックがあっても「洞調律」ではある。 臨床医や看護師の中には「正常な心電図」のことを「サイナス」と呼ぶ者がいる。サイナスとは synus rhythm, すなわち洞調律のことであろうが、 洞調律であっても異常な心電図は存在するのだから、これは不適切な表現である。 なお、洞房結節が心拍を制御している状態であっても、心拍数が 60-100 回/分の範囲になければ「洞調律」ではなく、洞徐脈とか洞頻脈とか呼ばれる。 これは、洞房結節だけで調律しているのではなく、何らかの外的要因により大きな調節を受けている状態なのだから、「洞調律」とは呼びたくないのである。
さて、洞房結節の特殊心筋では、第 4 相、いわゆる「静止状態」において持続的にカルシウムイオンなどが細胞内に流入することにより、緩徐に脱分極し、やがて興奮する。 この緩徐な脱分極の速さは自律神経系による調節を受けており、たとえば交感神経系による刺激で脱分極は速くなり、結果として心拍数は多くなる。 しかし、この心拍数の上昇には限度があり、南山堂『TEXT 麻酔・蘇生学』改訂 4 版によれば、成人ではだいたい毎分 160 回が上限である。 つまり、成人において心房心拍数が 160 回/分を超えているような場合は、洞頻脈ではなく、たぶんリエントリー性の不整脈であるといえる。
一方、乳児においては生理的に心拍数が多く、新生児であれば140-180 回/分程度であっても洞調律であるし、洞頻脈では 200 回/分を超えることも珍しくない。 なぜ、新生児の洞房結節は、成人では到達できないほどの高頻度で興奮を繰り返すことができるのか。 これについては、誰も確かなことは知らないが、たぶん、新生児ではカルシウムチャネルが成人よりも多く、第 4 相における脱分極が生理的に急峻なのだと考えられている。 この仮説を支持する実験的根拠として、ウサギにおけるカルシウムチャネルの発現量の変化 (Exp. Physiol., 96, 426-438 (2011)) や、 マウスにおける出生後のカルシウム電流の変化 (J. Physiol. Sci., 63, 133-146, (2013)) が報告されている。 また、ヒトの乳児では成人に比べてベラパミルなどのカルシウムチャネル遮断薬により徐脈などの副作用が生じやすいことが知られており、 これもカルシウムチャネルの発現具合が違うと考えれば辻褄が合う。
上述の仮説が正しいとすると、なぜ、成人ではカルシウムチャネルの発現が減少するのだろうか。 もし成人において新生児並のカルシウムチャネルを発現させることができれば、我々の運動能力は飛躍的に向上するであろう。