これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/09/30 貴族的精神

この違和感を、私は、うまく表現することができないので、主張のはっきりしない記事になることを、ご容赦いただきたい。

「大学というのは、自ら学ぶ場であって、教えてもらう場ではない」と、世間では言われる。 その意味において、医学科、少なくとも名古屋大学医学部の医学科は、大学とは、言えぬ。 卒業生のほぼ全員が初期臨床研修を受け医師になる、という現状に対し、これを異常と思わぬ、その精神こそが異常である。後藤新平が泣いているのではないか。 しかし、この惨憺たる現状の責任を、誰に問えば良いのかは、わからない。

同級生の中で、私ほど名古屋大学に対する愛校心の強い者もいないであろう。 私は、三年生の頃は、名大病院で初期臨床研修を受けるつもりであった。 医師としての最初の職場に、愛する母校を選ぶというのは、自然な心理であろう。 しかし四年生になり、臨床科目の講義などを受けるうちに、少しずつ心は変わりはじめ、五年生になる頃には、初期研修は北陸医大 (仮称) で、と決意するに至った。

私が医学部編入すると決めた時、半ば冗談であるとは思うが、周囲から「お前が医者になるのか」というようなことを、言われた。 もちろん「人格的に不適なのではないか」という意味である。 私自身、自分が医師向きの人間であるなどとは、思っていなかった。 しかし、やがて、この考えは完全に変わった。「私の方が、それでも、はるかにマシである」と確信したのである。

医師の道義的責任というものを、わかっていないのではないか。 言葉の上では「命を預かる」だの「健康と生活を守る」だのと言っているが、その重みを、本当に認識しているのか。 わかった上で、あのような態度で医学に臨み、そのような姿勢で診療を行っているのか。


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