これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
次のような実験を (頭の中で) 行おう。
中空の筒を、水平に、我々からみて左右方向に置く。 左側の端はやや太く、断面積が 2 cm2 であるが、右側の端はやや細く、断面積は 1 cm2 でしかない。 左側の端を、ホースで水道の蛇口につないで、毎秒 2 cm3 の勢いで、水を流し込むのである。 何が起こるだろうか。
当たり前のことであるが、筒の右側から、水が流れ出してくる。その量は、どれだけだろうか。
もちろん、毎秒 2 cm3 である。誰でもわかる。では、筒の右端から水が流れ出す時の「速さ」は、どのくらいだろうか。
ちょっと算術のできる小学生なら、2 cm/s と答えるであろう。その通りである。
さて、筒の中を通る間に、我々は水に対して何の仕事もしていないし、また、水から何の仕事もされていない。 だから、エネルギー保存の法則というものが正しいと考えるなら、「左端に入る時に水が持っている全エネルギー」と、 「右端から出る時に水が持っている全エネルギー」は、等しいはずである。もし、そうでないなら、我々は永久機関を作れてしまう。
余談であるが、私は、永久機関を作ることは不可能である、とは思わない。 永久機関が不可能であると考える「物理学的な」根拠というのは、熱力学の法則に反するから、というものであるが、 その法則を正しいと実験的に、あるいは理論的に証明した人は、いまだかつて存在しないのである。 では、具体的にどういう方法をとればいいかということについては、ここには書けない。 何しろ、私は将来、それを実現して世界中から喝采を受ける予定なので、ここでネタバラシをして誰かに先を越されては困るのである。
閑話休題、筒の左端から水は 1 cm/s の速さで入っていることに注意して、この時の「単位体積あたりの水の運動エネルギー」を計算する。 運動エネルギーは、質量を m、速さを v とすれば (m v2) / 2 である。 水の密度を 1 g/cm3 とすれば、この場合 0.5 g / (cm s2) となる。 なんだかみなれない単位であるが、エネルギーを「単位体積あたり」で表現すると、こうなる。ちょうど、圧力と同じ次元になっている。 一方、水が右端から出る時の運動エネルギーは 2.0 g / (cm s2) である。
つまり、水の運動エネルギーは、「入る時」より「出る時」の方が、大きいわけである。 エネルギー保存の法則を信じるならば、これは、何らかの「位置エネルギー」のようなものが運動エネルギーに変換されたとみるしかない。 しかし筒は水平に置かれているのだから、重力の位置エネルギーのようなものは、関係ないはずである。 一体、エネルギーは、どこから出てきたのだろう。
思案していると、とある学生が、何を思ったか先日作った血圧計を持ってきて、この筒の左端と右端の「血圧」を測り始めた。 たぶん、この学生には何か深い考えがあったわけではなく、単に、血圧計で遊びたかっただけであろう。そういう遊び心が、大事である。 ところが、測り終えた学生君は、驚いた。 左端では「血圧」が 0.15 Pa であり、右端の「血圧」は 0.00 Pa だったのである。 学生君は算術が得意なので、単位の違いに注意して換算してみたところ、ふしぎにも
単位体積あたりの運動エネルギー + 圧力 = 一定
という関係が成立していたのである。これが、世にいう「ベルヌーイの定理」である。
ここまでの我々の議論は、理屈抜きの単なる観察事実である。 従って、このままでは「ベルヌーイの定理」ではなく「ベルヌーイの法則」と呼ばねばならない。 そこで次回は、この「ベルヌーイの法則」に理論的な説明を加えて、「定理」の名にふさわしいものにしよう。