これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/12/16 泌尿器科学

私が泌尿器科学の再試験にで合格したことは以前、述べたが、再試験には、なかなか印象深い出題がなされた。

一つはロボット支援手術に関する出題である。 医学書院『標準外科学』第 13 版によれば、2001 年に術者が米国本土、患者がフランスにいる状況での `Trans-Atlantic Surgery' により 腹腔鏡下胆嚢摘出術に成功した、とのことである。 これを読んだ時、私は、通信ラグの問題をどう解消したのか気になったが、たぶん、 術者にラグを感じさせないハイパーテクノロジーが開発されたのだろう、と想像した。 ところが泌尿器科学再試験では「ロボット支援による遠隔手術は現時点では不可能である」という主旨の出題がなされた。 どういうことなのかと不思議に思っていたが、試験を担当した Y 講師によれば、「通信ラグがあるので、遠隔手術では使いものにならん」とのことである。 これを聴いて、ナァンダ、と、合点がいった。

上述の点は単なる笑い話なのだが、もう一つ、確かにそうだ、と感銘を受けた出題があった。 具体的な内容は忘れたが、ある疾患に対する二つの治療法について「○○は△△より QOL が高い」とする記述は誤りだ、というものであった。 QOL というのは Quality of Life のことであって、生活の質、などと訳される概念である。 これについて、Y 講師は「QOL は患者それぞれの感性等によって決まるのであって、一律にどうとはいえない」と述べた。 確かに、その通りなのである。私は、いつの間にか「医学」と称する教えに少しばかり毒されていたようだと、反省した。

この Y 講師については、四年生の講義の時、実に印象深いできごとがあった。 泌尿器科学の講義は、今から二年前の、たぶん年末の頃にあったのだと思う。 年明けには CBT なる試験があり、これに合格せねば進級できないことから、その頃は割と必死に勉強している学生が多かったようである。 ただし、勉強といっても「クエスチョン・バンク」やら「病気がみえる」やらの俗書を開いて試験対策する、というものであって、医学の勉強ではない。 医学科生の間では「すぐに役立つもの」を尊び、「十年後に役立つもの」を軽んじる風潮があるから、 大学の講義などよりも「クエスチョン・バンク」の方がありがたいのである。 そこで、この頃の学生の大半は、出席点を稼ぐためだけに教室内に存在するものの、講義には参加せず、ひたすら、いわゆる内職を行っていたのである。 大半の教員が、それを黙認していたのだが、Y 講師は、ただ一人、優しく、しかし明確に、苦言を呈したのである。

名大医学科の臨床科目の教員に限っていえば、Y 講師以上に教育を真剣に考えている人物はいない。


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