これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
先日 `Ocular Pathology 7th Ed.' という書物を購入した。 これは、名称の通り、様々な眼疾患の病理を語る書物である。 ただし、内容は基本的に箇条書きであり、通読する読み物というよりは、必要に応じて調べるための辞書の類であるように思われる。
海外の事情は知らぬが、日本における学生向けの「教科書」というものは、たいてい知識を羅列しているだけであって、ろくな説明がない。 眼科学についていえば、南山堂『TEXT 眼科学』改訂 3 版は名著であるが、それでも疾患概念についての説明は乏しく、 徴候や診断方法、治療方法の記載が中心になっている。 こうした知識を偏重する日本の医学科教育は、医療労働者養成のための職業訓練には適していても、医学教育としては不適である。 そもそも、読んでいて面白くないし、ちっとも興奮しない。
その点、`Ocular Pathology' には、病理組織学的所見のみでなく、疾患概念や臨床所見やまで含めて詳細かつ明瞭に記されており、たいへん、よろしい。 この書物を個人で所有するというのは、なかなかゼイタクなことであるが、常に手が届く所に置いてあるということに意義がある。
ところで、病理医の間で有名な組織学の教科書に Stacy E. Mills の `Histology for Pathologists 4th Ed.' というものがある。 私は、組織学については南山堂『組織学』改訂 19 版で勉強しただけなので、素人に毛が生えた程度である。 これではイカンと思い、先日より、チョコチョコと Mills を読んでいる。 この書物は、前文の書き出しが面白い。
The third edition of Histology for Pathologists was published in 2007 and it is reasonable to ask if ``normal'' has changed enough in the ensuing 5 years to justify a new edition. The answer, of course, is that normal has not changed at all (evolution is indeed a slow process!) but our perception of normal continues to expand and improve.
本書の第三版が 2007 年に出版されてから 5 年が経つ。 この間に、新しい版を出す必要があるほどに正常像が変化したのだろうか、との疑問を持つのは、自然なことである。 答えは、もちろん、正常像は全く変化していない。(進化のプロセスは、実に遅い!) しかし、正常像に対する我々の理解は、常に拡張し、深まっている。
いずれの書物も `Pathology' と題してはいるが、内容は、病理診断と直接には関係がないので、一般の医師や学生でも楽しめるであろう。 もちろん、こんな本を読んでも、臨床の役には立たないであろうし、言うまでもなく、試験にも出ない。 しかし、そういう「役に立たない」引き出しの多寡が、十年後、二十年後に大きな差となって現れるであろう。