これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/12/09 Mohs 手術

皮膚科学において「Mohs 手術」と呼ばれる手術法がある。 日本ではあまり行われていないようだが、欧米では、それなりに支持者がいるらしい。 中山書店『あたらしい皮膚科学』第 2 版をみると、本文中では言及がないものの MEMO として 「切除組織から迅速凍結切片を作成し, 腫瘍が取り切れていることが病理組織学的に確認できるまで, 少しずつ切除する手技である」と紹介している。 この手術法は「切除範囲が最小限で済み低侵襲であること, 再発率が低いことなどが利点である」という。

上述の説明だけではわかりにくいかもしれないが、興味のある人は `Barun-Falco's Dermatology 3rd Ed.' などを確認すると、もう少し詳しく説明されている。 この手法の特徴は、組織学的な検索を行う際の切片の向きが普通とは違う、という点である。 通常、皮膚を病理組織学的に調べる際には、体表面と垂直な向きの断面を、一枚のプレパラートに載せる。 つまり顕微鏡でみると、上の方に皮膚があって、その次に真皮があって、さらに下には皮下組織がある、といった格好になる。 しかし Mohs 手術の場合、体表面と平行な向きのプレパラートを作る。 すなわち、あるプレパラートには表皮しかなく、別のプレパラートには真皮しかない、といった具合である。 こうすることによって、表皮内をどの程度まで腫瘍が広がっているのか、といった評価を行いやすくなる、という考え方である。

先に述べておくが、私は、こういう野心的な試みが大好きである。 周囲に「馬鹿じゃないのか」などと嗤われようとも、こうした常識外れな発想から、新しい検査、新しい治療が生まれるのであって、 こうして科学と医学は発展し、人類は進歩するのである。

`Rosai and Ackerman Surgical Pathology 10th Ed.' は、病理診断学の聖典のようなものであって、どこの病院の病理部に行っても、まず間違いなく、書棚に置いてある。 この Rosai は、上述の Mohs 手術を、極めて激しい論調で批判、攻撃している。 Rosai によると、切片を Mohs 手術で行われる向き (`en face') に作るのは、既に 1 世紀以上前に病理学や組織学の分野で試みられ、 評価が難しく誤判定しやすいという理由で放棄された手法であるという。 さらに、Mohs 手術では外科医自身が検鏡して判断することが多いが、こうした外科医は病理組織学的な訓練を充分に積んでいないことも珍しくないようである。 このため、多くの皮膚科医や形成外科医らは、この手法に懐疑的であるらしい。

このように Mohs 手術の有効性は疑わしいのだが、術中迅速診断を繰り返す、という基本方針自体は、有益であろう。 病理診断は、様々な情報を引き出すことのできる有力な検査であるにもかかわらず、そうした情報のほとんどは、治療に反映されていないように思われる。 たとえば、乳癌に対する化学療法の方針は免疫組織化学染色所見に基づいて決定されるのが普通である。 こうした、治療方針を左右するような情報を提供することこそが、これからの病理診断を担う我々の仕事である。 単に組織をみるだけなら医師である必要はなく、かつてのように、病理診断は臨床検査技師に任せてしまえば良い。

2015.12.11 余字削除

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