これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/12/08 尿素

12 月 3 日の記事で、私は第 105 回医師国家試験 A 21 の問題を攻撃したが、これは、私の不見識であり、誤りであった。 この問題は、非常によくできており、極めて良い問題であるといえる。 私は、尿素というものをよく知らなかったので、的外れな批判を行ったのである。

友人の某君は、この問題について「脱水じゃないの?」と指摘してくれたが、彼の指摘は完全に正しい。 非ケトン性浸透圧性高浸透圧昏睡では、まず間違いなく脱水がある。脱水が伴わなければ、それほど急激な浸透圧変化は来さないからである。 そして脱水がある場合には、必ず、血中尿素窒素濃度は高くなるのである。この「必ず」というのが重要である。 以下に、生理学的根拠を述べる。

尿素は、細胞膜を通過する。従って、基本的には血漿中、組織液中、および細胞内液での尿素濃度は等しく、浸透圧較差を生まない。 ただし、この透過性は著しく低いので、尿細管のように盛んに水の移動が起こる部位においては、膜の内外での尿素濃度は必ずしも平衡状態に達していない。 `Guyton and Hall Textbook of Medical Physiology 13th Ed.' は、腎髄質の集合管には尿素トランスポーターが発現している、としているが、 他にも近位尿細管あたりにもトランスポーターは発現しているようである。 基本的には、尿素はこの二つの領域で再吸収されると考えてよかろう。 細かいことをいえば、医学書院『臨床検査データブック 2015-2016』によると尿中尿素窒素は 4-13.8 g/day、つまり概ね 4-14 g/L であるのに対し 血中尿素窒素は 0.09-0.21 g/L に過ぎないので、膀胱内でも緩徐に尿素の再吸収は起こっているはずである。

髄質集合管における尿素の再吸収は、飽和しているものと考えられる。 というのも、Goldstein らの調べによれば、遠位尿細管に作用するループ利尿薬などは、尿素排泄率をあまり変化させないらしいのである。 背筋のゾクゾクする話である。(Journal of Applied Physiology 26, 594-599 (1969).) `Guyton' によれば、集合管の尿素トランスポーターの発現は ADH によって調節されているらしい。 つまり ADH は、尿素の再吸収を亢進させて髄質間質浸透圧を高める、という機序によっても水の再吸収を促しているのである。 これらの事情をふまえて、急性腎不全の原因を推定する際に、ナトリウム排泄の具合ではなく 尿素排泄の具合をみた方が良いのではないか、とする意見が、近年、強まっているようである。

私は、尿素について、実に無知であった。


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