これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
友人の某氏から、The New York Times の記事を二本、紹介された。 なかなか面白かったので、ここでも紹介しておこう。
一本目は、11 月 22 日に配信された `Are Good Doctors Bad for Your Health?' という記事である。 内容はタイトルから想像される通りのものであって、ある論文の内容を、素人に「わかりやすく」説明したものである。 元の論文が何であるかは明記されていないが、たぶん The Journal of the American Medical Association Internal Medicine 175, 237-244 (2015). であろう。 極めて簡素に要約すれば、「米国の有名病院において、循環器科の上級医が学会で不在であった (であろう) 時期は かえって治療成績が良かった」という内容である。 これだけ読むと、まるで「エラい医者ほど、かえって下手だ」などと短絡的に想像してしまいそうだが、実際にはかなり解釈に難渋する調査結果であって、 そのあたりの議論が The Journal of the American Medical Association Internal Medicine 175, 1419-1421 (2015). でなされている。 しかし The New York Times の記事は、そうした専門的で厳格な議論は抜きにして、「エラい医者を探すのは無駄な努力だ」と言わんばかりに、 無責任に一般大衆を煽る内容になっている。
The New York Times というのは、別段、格調高い出版物ではなく、日本でいえば朝日新聞社の週刊誌「AERA」ぐらいの位置付けである。 娯楽として暇潰しに読むものであって、マジメに読んではいけない。 記事の中で、著者は重大な治療や検査を受ける際には医者に 4 つのことを質問するべきだ、として
という項目を挙げている。最後の一点は、「大学病院の方が市中病院より明確に治療成績が良い」という統計に基づいている。 面白いな、と思ったのは、この続きである。
It is surprising how uncomfortable some physicians get when you ask these questions.
驚くべきことであるが、一部の医者は、こうした質問を受けると不愉快に感じるようである。
日本にも、患者がよく勉強してアレコレ質問することを不愉快に感じ「患者は医師に全てを任せるべきだ」などと考える おかしな医者がいるらしいが、それは米国でも同じであるらしい。 当然といえば当然のことであるが、米国の医学教育の質も、その程度なのであろう。
もう一本の記事は 11 月 24 日の `Force Feeding: Cruel at Guantanamo, but O.K. for Our Parents' というものである。 これは、特に死に瀕している患者に対し、経管栄養、つまりチューブから栄養を流し込むことは、何ら予後を改善しない、という内容である。 医学の観点からいえば、「何を今さら」と思うような内容である。 米国の著名な内科学の教科書である `Harrison's Principles of Internal Medicine 19th Ed.' にも
patients stop eating because they are dying, not dying because they have stopped eating
患者は、死に瀕しているから食べなくなるのであって、食べないから死ぬわけではない
とある。終末期に経管栄養することに意味はない、ということは、医学界では常識なのである。
ところが、記事によれば、米国では、やたらと経管栄養が好まれるらしい。 何やら高度な医療技術を使っているような気がするせいであろうか、医者の中には経管栄養を好む者が多いという。 また、日本でいう老人ホームの類では、経管栄養することで高い料金を利用者に請求できる一方、 スタッフにしてみれば、手で食事を患者の口元に運ぶよりも経管栄養の方が楽だ、という事情もあるらしい。
もちろん The New York Times の記事を鵜呑みにするわけにはいかないが、もし事実であるならば、米国の医療も、かなり低レベルである。