これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/11/30 光線角化症と基底細胞癌

11 月 27 日の記事について、 友人の某君から「光線角化症 - 良性基底細胞上皮腫 - 悪性基底細胞癌 同一スペクトラム説は無理があるのではないか」との指摘をいただいた。 光線角化症を背景に生じる浸潤癌としては、基底細胞癌よりも有棘細胞癌の方が多いらしいから、 むしろ同一スペクトラム上にあるのは有棘細胞癌ではないか、というのである。 確かに、彼の主張は正しく、先日の説は、いささかの修正を要する。

表皮は、基本的には組織学的に四層構造として理解され、浅い方から順に角化層、顆粒層、有棘層、基底層の順である。 足底などの表皮が厚い部分では、角化層と顆粒層の間に淡明層が加わる。 この四層ないし五層のうち、生理的に細胞分裂しているのは基底層のみである。 基底細胞は不等分裂し、娘細胞のうち一方は基底層に留まり、もう一方が有棘細胞、顆粒細胞と分化しながら浅層へと移行し、やがて脱核して角化層を形成し、 ついには垢として脱落する。 この脱落する角化細胞が異常に増加したものが、皮膚科学でいう鱗屑である。

上述のように、表皮を形成する細胞は全て基底細胞由来であり、その観点からは、基底細胞癌も有棘細胞癌も同一細胞起源といえよう。 もっとも、基底細胞癌は表皮基底細胞ではなく、毛芽細胞に由来するという意見も有力なのだが、 両者はそもそも似た細胞であるので、ここでは、その問題は議論しないことにする。

`Rosai and Ackerman's Surgical Pathology 10th Ed.' によれば、基底細胞癌では、基本的に Hedgehog 経路の活性化を来す変異が生じているという。 この種の変異が原因となって、上述のような基底細胞の不等分裂が障害を来しているのが基底細胞癌の特徴であって、有棘細胞癌との相違点であろう。

そう考えると、これらの皮膚腫瘍の関係は、次のように整理できる。 まず Hedgehog 経路などに障害がなく分化が保たれているものについていえば、 光線角化症と有棘細胞癌は同一スペクトラム上にあると考えられる。 この場合、carcinoma in situ と良性腫瘍の間には、概念上の明確な区別がない。 こうした病変が浸潤性を獲得した場合、有棘細胞癌となる。 Bowen 病は、たぶん、別系統であろう。 光線角化症が分化障害を獲得すると、基底細胞様の非浸潤性腫瘍性病変が形成される。これが良性基底細胞上皮腫である。 これに浸潤能を伴っているものが悪性基底細胞癌である。

なお、Alan E. Mills は、光線角化症と基底細胞癌は Bcl2 の発現によって鑑別できる旨を報告した。 (The American Journal of Dermatopathology 19, 443-445 (1997).) しかし、この報告は、両者の典型例について 10 例調べただけのものなので、境界病変といえるようなものについて、Bcl2 を鑑別に用いることが合理的であるとはいえない。


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