これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/11/27 Bowen 病と光線角化症と基底細胞癌

11 月 30 日の記事も参照されたい。

上皮内癌 carcinoma in situ という語は、上皮組織内に限局した腫瘍性病変であって、細胞レベルでは悪性を示唆するものをいう。 「上皮内に限局して浸潤する」という言い方をしても良いだろう。 基底膜を越えては浸潤していない、という点が重要であって、通常は前癌病変と位置付けられる。

皮膚の carcinoma in situ という場合には、表皮内に限局した腫瘍性病変、ということになり、 有名なのは Bowen 病と光線角化症である。 臨床的には、日光のあたる場所に生じやすいのが光線角化症であり、そうでない場所に生じやすいのが Bowen 病である。

両者は、生じる場所が異なるだけでなく、組織学的観点からいって別疾患である。 光線角化症は、どうやら基底細胞層に異常が生じるものであるらしく、ここに強い異型を呈する。 たぶん、メラノサイトが基底細胞層に存在することと何らかの関係があるのだろうが、腫瘍化しているのはあくまで基底細胞であり、メラノサイトではない。 時に著明な角化を示し、皮角と呼ばれる角状の突起を形成することもある。 一方、Bowen 病は有棘細胞層の異常であるらしく、基底細胞層には異型がみられない。 調べたわけではないが、たぶん、基底細胞のゲノムには著明な変異を来していないであろう。

Bowen 病と光線角化症は必ずしも明瞭に区別できるものではなく、臨床的には光線角化症であるが組織学的に Bowen 病様である、ということもあるらしい。 これは病理診断学上は Bowen 病様光線角化症、と分類することになっているが、その理由は知らぬ。 本来は、どの細胞にどのような異常が生じているのか、という病理学的所見に基づいて分類するべきである。 このあたりは「どうせ、臨床的な治療法は同じだから」ということで、あまり積極的に研究されていないがために、病理診断上も中途半端な扱いを受けているものと考えられる。

ところで光線角化症は、基底細胞層に強い異型がみられるということから想像されるように、基底細胞癌との鑑別が難しいこともある。 基底細胞癌というのは、名前の通り基底細胞が癌化したもの、とされてはいるが、「癌」とみなすのが適切かどうかは、よくわからない。 この腫瘍は、時に真皮への強い浸潤傾向を呈するが、転移は稀である。なお、「稀である」というのは「無くはない」という意味である。 浸潤というのも、細胞がバラバラになって真皮に入っていくのではなく、あたかも「真皮内に陥入していくポリープ」とでもいうような形態で、 細胞集塊が真皮方向へと侵入していくのである。 そこで「良性腫瘍じゃないの?」という気持ちを込めて、基底細胞上皮腫 basal cell epithelioma という名称を用いる人もいるが、現在のところ 基底細胞上皮腫と基底細胞癌は同義語であるとされている。

以上のことを考えると、現在「基底細胞癌」とされている病変には、良性腫瘍と真の悪性腫瘍とが混在しているものと思われる。 本当は、光線角化症、良性基底細胞上皮腫、悪性基底細胞癌は、一連のスペクトラム上にあるのだろう。 そうした観点から、将来的には、基底細胞腫瘍を再分類する必要がある。


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