これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
過日、同級生の某君から「まさか、君は核黄疸を知らないのか」などと馬鹿にされてクヤシイ思いをしたので、調べた結果を、ここに記す。 念のために弁明しておくと、私は核黄疸というものを全く知らなかったわけではなく、ABO 式血液型不適合による胎児赤芽球症 Erythroblastosis fatalis を 無治療で放置した場合に重篤な障害を来すかどうかを、知らなかったのである。
核黄疸というのは、臨床所見からはビリルビン脳症と呼ばれるものであって、病理組織学的には大脳基底核や海馬などにビリルビン沈着がみられ、中枢神経障害を来すものをいう。 `Swaiman's Pediatric Neurology 5th Ed.' によれば、どうやらビルビンの蓄積に続いて神経細胞が壊死するようであるが、 特に早産児の場合、Purkinje 細胞はビリルビン沈着を伴わずに脱落するという。 これらの細胞が選択的に傷害を受ける機序は、わからない。
このように、詳しい機序は不明であるが、基本的には中枢神経系へのビリルビンの蓄積が問題であると考えられている。 血液脳関門を通過できるのは、いわゆる間接ビリルビンのうち、アルブミンなどと結合していないものであり、これを Unbound Bilirubin (UB) と呼ぶ。 だいたい、間接ビリルビンのうち 0.1 % 程度が unbound bilirubin であるらしい。 著明な高間接ビリルビン血症などの場合には、この unbound bilirubin の濃度上昇を来し、これが核黄疸を引き起こすようであるが、 実際には他の様々な要因も関係するらしく、イマイチ、はっきりしない。
さて、胎児赤芽球症というのは、何らかの事情で胎児が溶血性貧血を来し、赤血球産生が亢進している状態をいう。 母体と胎児で血液型不適合がある場合が典型的であり、臨床的には Rh 不適合の場合が重大な問題になるが、ここでは ABO 式血液型に限って議論する。 `Nelson Textbook of Pediatrics 20th Ed.' によると、これは、概ね次のような病態である。 たとえば母親が O 型である場合、抗 A 抗体や抗 B 抗体は、妊娠に関係なくもとから存在するが、なぜか、これらは基本的に IgM である。 IgM は胎盤を通過しないので、この場合、胎児は基本的に溶血性貧血を来さない。 しかし中には抗 A IgG 抗体を持つ母親もいるらしく、また過去に ABO 不適合の妊娠を経験している場合なども、抗 A あるいは抗 B の IgG 抗体を持つことがある。 この場合、IgG は胎盤を通過するので胎児が貧血を来すことがあるが、どうやら、通常は抗体の量が少ないらしく、胎児水腫を来すことは極めて稀であるらしい。 なお、胎児水腫とは「胎児の全身性浮腫」という意味であるが、この場合は高度の貧血による体液貯留の結果として生じるものである。
胎児の場合、溶血の結果として生じたビリルビンは経胎盤的に除去されるが、出生後は肝臓で代謝せねばならない。 だいたい新生児は肝臓における代謝能が低いので、一過性に高ビリルビン血症を来す。これが、いわゆる生理的黄疸である。 胎児赤芽球症の場合、健常児に比べてビリルビン産生量が多いため、高度の高ビリルビン血症を来すことがある。 しかし ABO 不適合の場合は、Rh 不適合に比べると溶血の程度が軽いから、高ビリルビン血症の程度も軽く、従って核黄疸を来すことは稀である。
一応、このように説明はされているのであるが、どうも釈然としない。論理が飛び飛びであり、キチンと説明できているとはいえない。 免疫機構というものは、今なお、深い霧の向こうに隠れているようである。