これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/11/25 HIV 感染

10 月 12 日に HIV 感染の話を書いたが、いささか不正確な認識で誤った内容を記載してしまったので、訂正し、補足を行う。

まず歴史的に男性同性愛者に HIV 感染が多かった理由についてである。 先日の記事では「男性同性愛者の場合、しばしば肛門に陰茎を挿入するという形態での性行為が行われる」と記したが、 これは「経肛門的に直腸に陰茎を挿入する」というのが正しい。 伊藤隆『解剖学講義』改訂 3 版によれば、 「肛門」というのは、解剖学的には消化管が臀部に開口している部をいうのであって、管腔を形成している部分を指すのであれば「肛門管」とするのが正しい。 さらにいえば、肛門管は直腸の一部であって、肛門柱や肛門洞などの構造がある部分および遠位部をいう。 これは、だいたい外肛門括約筋が存在する範囲と一致する。

上述の解剖学的定義からわかるように、「肛門に軽度の裂傷を来し、そこから精液由来の HIV に感染した」というのも正しくない。 正しくは、直腸に裂傷や擦過傷を来し、そこで露出した血管内に HIV を含む精液が入ることで感染が成立したのである。 `Robbins and Cotran Pathologic Basis of Disease 9th Ed.' によれば、これに加えて、経粘膜的な感染もあるという。 すなわち粘膜において HIV が樹状細胞や CD4 陽性細胞に貪食されることで感染が成立する、というのである。 この場合、直腸だけでなく、口腔からも感染するようである。 性行為による HIV の感染は、概ね、この二通りの経路によるらしい。

せっかくだから、HIV の感染経路について、もう少し補足を行っておこう。 歴史的に、HIV 感染は米国などにおいて男性同性愛者を中心に広がっていた時期があり、それ故に「同性愛者の病気」という不適切な認識が持たれていたことがある。 しかし昨今では、男性同性愛者の間で HIV などの危険性が認識され、コンドームの使用など適切な感染防御策が講じられていることにより、 男性同性愛による新規感染者は比較的減少している。 2009 年の米国における統計で、新規感染のうち男性同性愛によるものは 60 % 程度に過ぎない。 これに対し異性間の性行為による感染が 30 % 程度にまで増加しているという。

異性間の性行為による感染の場合、男性から女性への感染が圧倒的に多いという。これは精液中の HIV が女性に移行するものである。 このとき、女性側の粘膜にびらんや潰瘍があると、当然、感染のリスクは高まる。 その意味で性器ヘルペス、軟性下疳、梅毒などの患者は HIV 感染リスクが高い。 一方、男性側が淋病やクラミジア感染症を有している場合も HIV が女性に移行するリスクは高いらしく、 これは、炎症があると精液中の HIV 数が増加するためであると考えられている。詳細は、わからぬ。

厚生労働省委託事業であるエイズ予防情報ネットによると、 日本人では HIV 新規感染者の 95 % 程度が男性であり、そのうち 7 割程度が同性との性行為、2 割程度が異性との性行為による、となっている。 ただし、この統計は、あまり信用できない。 異性との性行為により感染した男性が 3 ヶ月あたり 20-30 人なのに対し、異性との性行為により感染した女性は 10 人程度でしかない。 一人の女性が売春などを通じて多数の男性に感染させているとしても、男性から女性への感染が少なすぎる。 診断されていない女性 HIV キャリアが多いのではないかと思われる。


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