これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/11/05 副腎「結節性過形成」

本日は、泌尿器科学の再試験である。 医学書院『標準泌尿器科学』第 9 版を読んでいて、いくつか気になることはあったが、その最たるものは、いわゆる原発性高アルドステロン症である。

原発性高アルドステロン症というのは、何らかの事情によりアルドステロンが異常に多量に分泌されるものをいう。 有効循環血液量の減少などに対して反応性に多量のアルドステロンが分泌されるのは正常な生理反応であるが、 明らかな刺激もなしに不適切に分泌されることをもって「原発性」と呼ばれている。 もちろん、本当に何の原因もなしにアルドステロンが分泌されるなどということはない。 いわゆる原発性アルドステロン症の 70 % 程度は、副腎皮質の機能性腺腫が原因であるという。 「機能性」というのは、この場合「ホルモンを分泌する」という意味である。 「腺腫」というのは良性腫瘍の一種であるが、副腎皮質では良性腫瘍のほとんどが腺腫であるから、この場合は同義と思っても構わない。 「腫瘍」というのは、「自律性に増殖する細胞の集塊」のことであり、「良性」とは「転移や浸潤をしない」という意味である。 すなわち、機能性腺腫とは「自律性に増殖してホルモンを分泌する細胞の集塊であって、転移や浸潤をしないもの」を意味する。

問題は、ここからである。 「標準泌尿器科学」によれば、残りの大部分、すなわち原発性アルドステロン症の 30 % 程度は「両側副腎皮質球状層過形成」であるという。 細かいことをいうと、解剖学的には「球状層」ではなく「球状帯」と呼ぶ方が一般的である。 球状帯というのは、副腎皮質を 3 つの領域に分けた際の最も浅い部分であって、主にアルドステロンを産生する。 なお、この 3 つの領域というのは必ずしも明確に分かれるものではなく、特に高齢者では、球状帯が不明瞭になることが稀ではないらしい。

病理学を修めた学生であれば、ここで「ん?」と思うだろう。過形成というのは「外部からの刺激によって反応性に細胞が増生したもの」をいう。 ここでいう「副腎皮質過形成」は、一体、何に反応して過形成しているのだろうか。 `Rosai and Ackerman's Surgical Pathology 10th Ed.' をみると、原発性アルドステロン症については記載が乏しく、 「腫瘍と過形成は、臨床所見からだいたい区別できるが、時に、形態学的所見と不一致がみられる」という程度のことしか書かれていない。 どうやら Rosai は、この疾患について関心が乏しいようである。

どうもアヤシイな、と思い `Jameson and De Groot Endocrinology Adult and Pediatric 7th Ed.' を調べてみると、おかしなことが書かれていた。 原発性高アルドステロン症について、腺腫によるものと過形成によるものを CT などの画像によって鑑別することは、時に難しい、というのである。 なぜならば、腺腫は時に非機能性の対側副腎の結節を合併していることがあり、これを両側「結節性」過形成と誤認するからである、という。

ここで私は「馬鹿な」と思った。「結節性過形成」などというものが、あってたまるか、と考えたのである。 副腎皮質が結節性に増生しているとすれば、その局所において、何らかの増殖刺激が加わっているはずである。 「局所において」ということを考えれば、そのシグナルがホルモンやサイトカインのような因子なのか、あるいは細胞内シグナル伝達を攪乱する変異なのかはわからないが、 とにかく、その病変部の細胞に由来すると考えるのが自然である。 その細胞由来の刺激によって、その細胞自体が増殖するならば、それは定義上、腫瘍であって過形成ではない。

もちろん、一般論として「結節は全て腫瘍だ」などと言っているわけではない。 たとえば肉芽腫性病変であるとか、あるいは繊維化による結節だとかは、非腫瘍性結節で間違いない。 消化管でみられる、いわゆる過形成性ポリープについては、本当は腫瘍なのではないかとも思われるが、 外部から様々な刺激を受ける臓器であるので、過形成という可能性も否定はできない。 しかし副腎皮質の結節性過形成というのは、容認できない。

そこで上述の `Endocrinology Adult and Pediatric 7th Ed.' をみると `ACTH-Independent Adrenal Hyperplasia' という節に、恐ろしいことが書かれていた。 Cushing 症候群を来すような副腎過形成の中に ACTH に反応しない結節性過形成があり、 これを ACTH-independent macronodular adrenal hyperplasia (AIMAH) と呼ぶ、としているのである。 「だから、それは、腺腫だろう?」と思いながら `Pathogenesis' の節をみると、Wnt シグナル経路が云々とか、 癌抑制遺伝子の不活化が云々とか書かれている。 やはり、どうみても腺腫である。

結局のところ、これを「過形成」とする根拠は、形態学的な異型に乏しい、という程度のことでしかない。 しかし異型の程度は、厳密には、過形成と良性腫瘍、あるいは良性腫瘍と悪性腫瘍を鑑別する絶対的な基準ではない。 その有名な例が副甲状腺の腺腫と腺癌の違いであって、両者は細胞レベルでの異型の程度には、ほとんど差がないのである。


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