これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/11/02 要領の悪い学生

11 月 3 日の補足記事も参照されたい。

医師国家試験は、全問選択式であり、記述問題は、ない。 なぜ、そのような形式を採っているのかは、知らない。 記述式の出題を導入すべきではないか、というような議論も、あることは、あるらしい。 選択式の問題なら採点者の恣意が入らず、紛れがなくて公平である、とする意見もあるようだが、それは事実に反する。 なぜならば、選択式の問題には出題者の偏見が入るため、まともに医学の勉強をした学生が不利になるからである。 二つの具体例を示そう。

第 106 回医師国家試験 A9 は、次のような問題である。
ステロイド抵抗性の重症潰瘍性大腸炎への対応で適切なのはどれか。
a アメーバ赤痢の治療を追加する。
b 注腸二重造影で全大腸を観察する。
c モルヒネの投与で腸管の安静を図る。
d サイトメガロウイルスの検索を行う。
e 非ステロイド性抗炎症薬 < NSAIDs > を投与する。

a b c は論外なので、問題は d e である。 ステロイド、正確にはグルココルチコイドを長期投与していれば、免疫抑制状態になり、サイトメガロウイルスに感染し、腸炎を来す恐れがある。 従って d は妥当な対応であるように思われる。 しかし、よく考えると、これは「重症潰瘍性大腸炎患者」への対応としては適切であるが、 潰瘍性大腸炎そのものに対する対応ではない。 その意味では、必ずしも一般的ではないが、グルココルチコイドと NSAID を併用するというのは重症潰瘍性大腸炎そのものへの対応として不適切とはいえないので、 解答としては e を不適とはいえない。

同じく第 106 回医師国家試験 A16 では、X 線 CT のスライスが一枚、示されている。 一枚だけでは何ともいえないが、両側肺下葉に著明な気腫性嚢胞がみられ、蜂巣肺といってよかろう。 たぶん通常型間質性肺炎だと言いたいのだろうが、肺の全体をみないことには、何ともいえない。 設問は、次のようなものである。
この患者の肺機能検査所見として考えられるのはどれか。2 つ選べ
a A-aDO2 正常
b 拡散能低下
c 残気量増加
d 肺活量低下
e 1 秒率低下

頭をカラッポにして答えれば、「間質性肺炎だから b があって、拘束性障害だから d」となるのだろう。 しかし医学、特に生理学や病理学、あるいは呼吸器内科学を学んだ学生なら「c も考えられる」と言うだろう。 下肺野の気腫性嚢胞は、時に上肺野優位の肺気腫を合併する。 こうした病変形成の機序はよくわからないのだが、Combined Pulmonary Fibrosis and Emphysema (CPFE) などと呼ばれている。 肺気腫の場合、呼気時に気道が閉塞し、いわゆる閉塞性障害を来し、結果として残気量が増加することがある。 さらにいえば、気腫性嚢胞自体も、繊維化が軽度であれば残気量を増加させてもおかしくない。

要するに、国家試験は「ステロイドをたくさん使ったからサイトメガロ」とか、 「肺繊維症だから残気量減少」とかいう連想ゲームなのである。 考えてはいけないのである。 コンピューターのように、機械的に正確な対応付けをできるのが、優秀な医者なのである。 まともに医学を勉強してしまった「要領の悪い学生」を振るい落とすのが、医師国家試験である。


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