これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/10/27 膜電位 (後半)

一昨日の続きである。

Goldman-Hodgkin-Katz の式は、「ある与えられたイオン濃度の下で、膜を通過する正味の電流が 0 になるような電位差」を与えるものである。 しかし、現実の細胞ではイオンはチャネルを通る受動輸送だけでなく Na+-K+ ポンプ による能動輸送によっても移動しているので、Goldman-Hodgkin-Katz の式の前提は成立していない。

さて、よく考える学生ならば、leak channel の存在意義について疑問を持ったことがあるだろう。 このチャネルは、一体、何のために存在するのか。 せっかく Na+-K+ ポンプ が細胞内に取り込んだカリウムイオンを静止状態において細胞外に流出させるなど、エネルギーの無駄遣いではないのか。 しかし進化の過程で失われなかったということは、きっと、細胞にとって、とても重要な存在であるに違いない。一体、その役割は、何なのか。

小難しい数式を駆使してもつまらないから定性的な議論に徹することにするが、 実際のところ、どうやら leak channel は、あまりエネルギーを消費していないらしい。 というのも、静止状態において「カリウムはナトリウムより透過性が高い」といわれるが、あくまで相対的な話であって、カリウムも、 それほどドバドバと流出しているわけではないらしいのである。

その一方で、leak channel の存在は、細胞内におけるカリウムやナトリウムの恒常性を維持するために必要である。 というのも、 Na+-K+ ポンプ は 3 Na+ と 2 K+ が共軛した格好でしかイオンを輸送できないので、 たとえばカリウムだけ、あるいはナトリウムだけが細胞内で少し過剰である、というような状態になったとき、 ポンプだけでは、これを適切な濃度に戻すことができないのである。 それに対し leak channel が少しだけでも開口していれば、もしかすると時間はかかるかもしれないが、いずれは両方のイオンともに適切な濃度に至ることができる。 換言すれば、leak channel は、ほんの少しだけ開口していれば充分だ、ということになる。 まさに `leak' なのである。

もう一つの疑問は、なぜ、高カルシウム血症で神経の興奮性は低下するのか、という問題である。 一見、この興奮性低下はヒトにとって不利益をもたらしているのに、なぜ、進化の過程で、そのような性質が失われなかったのか。 「ガイトン生理学」は「カルシウムイオンはナトリウムチャネルの開口しやすさを変化させる」としている。 この記述に、どれだけ実験的、あるいは理論的な根拠があるのかは、私は把握できていない。 「ガイトン」は、また「ナトリウムチャネルの外側にはカルシウム結合部位があるのかもしれぬ」としている。

私は以前、高カルシウム血症では Na+-Ca2+ 交換輸送体 の活性が低下することで興奮性低下を来しているのではないか、と考えたことがあるが、これは正しくない。 細胞にとって、細胞質のカルシウム濃度を適切に維持することは極めて重要である。 これが制御されないと、種々の酵素の活性がおかしくなり、細胞機能を維持できないからである。 そう考えると、高カルシウム血症の際にカルシウムの細胞外への排出が遅れてしまうと、細胞内カルシウム濃度が上昇し、重大な細胞機能障害や細胞死に至るであろう。 神経の興奮性低下は、これを防ぐための機構であって、カルシウムの細胞内への流入を妨げているものと考えられる。 理想的には、神経の興奮性は低下させずに、高カルシウム血症に反応して Na+-Ca2+ 交換輸送体 の活性が亢進すれば良いと思うのだが、現時点では、そこまでは最適化されていないのであろう。

2015.10.29 脱字修正

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