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2015/10/22 偽性副甲状腺機能低下症

偽性副甲状腺機能低下症と呼ばれる疾患について、同級生の某君から問い合わせを受けた。 面白い話題であり、世間では、いささか議論が混乱しているようなので、ここに記載しておく。

まず副甲状腺機能低下症というのは、いささか漠然とした名称であるが、要するに副甲状腺ホルモン分泌不全のことである。 丸善『ハーバード大学講義テキスト 臨床薬理学 原書 3 版』によれば、副甲状腺ホルモンの機能はビタミン D の活性化、 腎におけるカルシウム再吸収亢進およびリン再吸収抑制、そして投与方法依存的な破骨細胞活性亢進または骨芽細胞活性亢進である。 特に、腎臓に対する副甲状腺ホルモンの作用が不足した場合、低カルシウム高リン血症を来し、異所性石灰化などを生じることになる。 なお、投与方法依存的な破骨細胞や骨芽細胞への作用の話も面白いのであるが、本題から逸れるので、ここでは割愛する。

偽性副甲状腺機能低下症とは、副甲状腺ホルモンに対する反応性が低下しているものであって、副甲状腺ホルモンの分泌自体には障害を来していないものをいう。 その原因は、`Harrison's plinciples of internal medicine 19th Ed.' によれば、多くの場合は 副甲状腺ホルモン受容体などに共軛している Gi 蛋白質のαサブユニット、すなわち GNAS 遺伝子の変異であることが多い。 この遺伝子の機能異常によるものを I 型、より下流のシグナル伝達の異常によるものを II 型と分類するのが普通である。 I 型は、さらに GNAS 遺伝子のコード領域に変異を有する Ia 型と、非コード領域に変異を有する Ib 型とに分類される。 また、ふしぎなことに、この遺伝子は腎臓の近位尿細管など一部の組織においては、ゲノムインプリンティングにより父由来の遺伝子がサイレンシングを受けているらしい。 なお、この遺伝子の機能異常の検査には副甲状腺ホルモンを投与した際の尿中 cAMP の変化を測定する。 すなわち、尿細管上皮細胞内で副甲状腺ホルモン依存的にアデニル酸シクラーゼが活性化している場合、生じた cAMP の一部が尿中に漏出するらしく、これを検出するのである。

以上のことからわかるように、父由来の GNAS 遺伝子に変異があっても、偽性副甲状腺機能低下症でみられるような低カルシウム高リン血症は来さない。 これを偽性偽性副甲状腺機能低下症と呼ぶ。

さて、もともとの某君からの問い合わせは、オールブライト遺伝性骨形成異常症との関連を問うものであった。 詳しいことは不明だが、GNAS の 1 コピーに機能喪失がある場合、たぶんハプロ不全のために、低身長、精神遅滞、骨形成異常などを来すことが多いらしく、 これをオールブライト遺伝性骨形成異常症と呼ぶ。 すなわち偽性副甲状腺機能低下症 Ia 型や偽性偽性副甲状腺機能低下症では、典型的には、オールブライト遺伝性骨形成異常症を合併する。 しかし、Ia 型の一部の症例や、大半の Ib 型の症例においては、この骨形成異常を合併しないという。 何らかの代償機構が働いて、ハプロ不全が回避されているのであろう。 理屈で考えると、偽性偽性副甲状腺機能低下症の中にもオールブライト遺伝性骨形成異常症を合併しないものがあるだろう。 その場合、全く無症候性であったり、たとえば軽度の低身長だけがみられる、というようなことになる。

以下は蛇足である。 医師国家試験などの流儀では、オールブライト遺伝性骨形成異常症を 2 つに分けたものが 偽性副甲状腺機能低下症 Ia 型と偽性偽性副甲状腺機能低下症である、と単純化するのだろう。 しかし、その流儀では「骨形成異常症を合併しない Ia 型」の存在を説明できない。 そもそも、偽性副甲状腺機能低下症という「疾患」を定義するために オールブライト遺伝性骨形成異常症という「症候群」を用いることは、論理構造として不適切である。


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