これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/10/20 生理的貧血

(10 月 14 日の記事における間質性肺炎の記述について、語弊のある部分を修正した。 定義上、膠原病による間質性肺炎は、特発性間質性肺炎には含めない。)

「生理的貧血」という語がある。これは、新生児において、生後 8 週間頃まで徐々に赤血球数やヘモグロビン濃度が減少し、すなわち軽度の貧血を来す現象をいう。 誰にでも起こる、病的ではない貧血なので「生理的」と呼ばれる。 ただし早産児においては、この「生理的貧血」が高度になり、輸血やエリスロポエチンの投与、あるいは鉄剤投与などの介入が必要となることがある。 この「生理的貧血」について、学生向けのアンチョコ本の類には、出鱈目で論理の通らない説明をしているものがあるらしいので、 `Nelson Textbook of Pediatrics 20th Ed.' の記述に沿って、簡略にまとめておく。

まず前提であるが、胎児ヘモグロビン (HbF) は、成人ヘモグロビン (HbA) に比べると酸素親和性が高い、といわれる。 それは事実ではあるが、重要なのは親和性そのものではなく、むしろ生理的な酸素分圧の変化に伴う酸素親和性の変化、である。 このあたりについても出鱈目な説明が世の中にはびこっているように思われるが、本題から逸れるので、ここでは割愛する。 ただし、同じヘモグロビン 1 g であっても、HbF と HbA では末梢組織への酸素運搬能は異なることには注意を要する。 どちらの方が運搬能が高いのか、という点については、一概にはいえない。

胎児の動脈血酸素飽和度は、だいたい 50 % 程度であるらしい。 出生後には、これが 95 % 程度にまで上昇するのだから、この時点では、末梢組織への酸素供給は過剰になる。 結果として、エリスロポエチンの産生は抑制され、赤血球造血も抑制される。当然、網赤血球数は減少する。 やがて赤血球が寿命を迎えるにつれて貧血が進行し、生後 8-12 週間程度で血中ヘモグロビン濃度は 11 g/dL 程度にまで至るらしい。 この頃には腎臓でのエリスロポエチンの産生が亢進してくるので、それ以上の貧血には至らない。 なお、まっとうな栄養が与えられていれば、新生児において鉄が欠乏することはない。 すなわち、この生理的貧血は、鉄欠乏性貧血ではない。

早産児の場合は、いささか事情が異なる。 医原性を含む様々な要因により、貧血が高度になり、輸血を含む介入が必要となることが稀ではない。 その中で特徴的な検査所見は、貧血の程度に比して、血中エリスロポエチン活性が低い、という事実である。 胎児や早産児においては、エリスロポエチンは腎臓ではなく肝臓で産生されるが、どうやら肝臓は、腎臓に比べると、酸素欠乏に対する反応に乏しいらしいのである。 高度の酸素欠乏状態におかれている胎児が、もし成人と同程度の反応性で造血を促してしまうと、赤血球数が増えすぎて大変なことになるのであろう。


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