これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/10/19 失言

過日、友人の某氏と、米国と本邦における医療制度の相違について話していて、失言をした。

氏によれば、米国においては手術の第一助手を看護師が務める例がある、という。 第一助手というのは、基本的には患者を挟んで術者と向かい合う位置に立って、手術中にピンセットで手術部位をつまんだり、 あるいは腹腔鏡手術であればカメラを動かしたり、といった介助を行う立場である。 現在の日本では、これは通常、あるいは常に、医師が行う。 看護師が行うのは、術者や助手に器具を渡すところまでである。 なお、第二助手という場合には、だいたい第一助手の左側あたりに立って、切開した部位を鉤で引っぱって視野を確保する、などの任務にあたる。

さて、私は外科学については造詣が浅いが、深く考えもせずに「キチンと実地教育が行われるなら、助手は看護師でも良いだろう、ぜひ真似しよう」というようなことを述べた。 すると、すかさず氏から「あんたは助手をなめているのか」という旨のお叱りを受けたのである。

後から考えてみると、確かに、私の発言は不適切であった。 外科手術における助手の仕事というのは、病理診断でいえば切り出しのようなものであろう。 切り出しというのは、手術で切除された検体などをホルマリンなどで固定した後に、スライドガラスに載せるのに適当な大きさに切断する作業をいう。 ナイフで切るだけなので、初心者は、簡単そうだな、学生でもできそうだな、などと思ってしまうかもしれない。 しかし、切り出しのやり方がまずいと、その後の診断に大きな悪影響が生じる。 たとえば癌がありそうなところ、よくわからない構造物があるところ、などが、キチンとプレパラートの真ん中に来るように切り出さねば、 後で検鏡した際に見落とす原因となり、結果として患者が絶大な不利益を被るのである。 具体的にいえば「非浸潤性乳管癌の再発」などは、適切な切り出しを行うことの困難なるが故に生じているものと考えられる。 従って、どこの病院であっても、切り出しは必ず医師が行うのであって、臨床検査技師に任せることはない。

手術の助手も、それと同じようなことであろう。 これまで医学ではなく看護学を学んできた看護師が、手先の技術だけトレーニングして務められるような性質のものではない。


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