これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
昨日、名大医学科六年生では「内科学 1」の試験が行われた。 内科学の試験は「内科学 1」と「内科学 2」があるが、試験内容がどのように違うのかは、公式には発表されていないように思われる。少なくとも、私は知らぬ。 一応、風の噂で、内科学 1 には呼吸器内科、循環器内科、血液内科、腎臓内科が含まれる、という話を聞いたが、これらの科目を狙い撃ちで勉強して対策することは避けた。 非公式な情報に頼った対策勉強は、邪だからである。 試験内容のうち、腎臓内科の部分について、同級生の一部で議論が紛糾していたので、ここに記載しておく。
まず低ナトリウム血症についてである。 低ナトリウム血症では、神経や筋の興奮性が低下するため、しびれるとか、ふらつくとかいう症状が出るかもしれない。 原因は多様であるが、基本的には水バランスの異常である。すなわち、バソプレシンが過剰に分泌されるなどの事情で水が過度に再吸収されることなどによる。 従って、基本的には、体液量は増加しているとみて良い。
ナトリウムの排泄が過剰になっている可能性もあるではないか、という反論があるだろう。 排泄が過剰というのは、たとえば、スピロノラクトンを過剰に投与した、というような状況を考えているものと思われる。 その場合、確かにナトリウム排泄は亢進するのだが、集合管における水の再吸収も抑制されるため、ふつう、低ナトリウム血症は来さない。 あまりに高度にスピロノラクトンを過剰投与したら低ナトリウム血症になるかもしれないが、その前に高カリウム血症でどうにかなってしまうだろう。 ループ利尿薬などの場合も、結局は同じことである。
つまり、体液量が減少する低ナトリウム血症、などというのは、「ナトリウム再吸収障害に尿崩症が合併している」という特殊な状況や、 「透析で故意にナトリウムを取り除いた」という殺人未遂事件の場合を除いては、存在しない。
低ナトリウム血症の診断に際しては、血漿浸透圧の測定が有用である、とする意見もあるらしいが、これは「有用」という言葉の意味が曖昧で、よろしくない。 低ナトリウム血漿が急性か慢性かを判定したい、という意味であるならば、血漿浸透圧、というより、いわゆる浸透圧ギャップを計算することは有用である。 つまり、慢性化した低ナトリム血漿であれば、いわゆるオスモライトの血中濃度が代償的に増加するので、浸透圧ギャップは増加する。 この場合には、低ナトリウム血症を急速に補正してしまうと、いわゆる浸透圧性脱髄症候群を来す恐れがあり、よろしくない。 逆に、浸透圧ギャップが未だ増加していない、急性の低ナトリウム血症で症状がある場合には、急速に補正した方が良い。 そういう意味で、急場の治療方針を決定するため、という観点では、浸透圧ギャップの測定は有用である。 しかし低ナトリウム血症の原因を診断する上では、血漿浸透圧を測定すること自体は何の役にも立たない。 出題者がどういう意図で「有用」と書いたのかは、知らぬ。
ところで私は、腎臓が大好きな一方で不勉強な、いわゆる下手の横好き状態である。 なにしろ、最近になってようやく、腎臓における電解質や水の調節について親しみが湧いてきた状態であって、糸球体疾患は、未だ我が物としていないのである。 「ネフローゼ症候群」という概念についても、キチンとは把握しておらず、漠然と「蛋白質が尿中に漏れるんだろう?」ぐらいの認識であった。
そこで試験の後に少しだけ勉強した。 MEDSi 『体液異常と腎臓の病態生理』第 3 版を読み返してみると、狭義のネフローゼ症候群は、 基本的には糸球体毛細血管壁のうち遠位の部分で、非炎症性の傷害が起こることで生じる、と書かれている。 すなわち、腎炎により結果的に蛋白質等が失なわれるものは、含まないらしい。 換言すれば、糸球体疾患はネフローゼ症候群と腎炎症候群に大別されるのである。 こうした基本的な概念をよく理解していなかったので、私は、試験の答案に、かなりトンチンカンなことを書いた。 しかも、その内容についてロッカー室でベラベラと話したので、たまたま近くにいた学生の中には 「ププッ、あいつ、全然わかってねーな」ぐらいのことを思った者も、いるかもしれぬ。
また、呼吸器内科の分野の記述問題として、特発性間質性肺炎の分類等を問う出題がなされた。 私は間質性肺炎が大好物であるので、問題をみた瞬間に「キター」と心の中で叫んだ。ひょっとすると、少しだけ口から漏れていたかもしれぬ。 しかし、率直に申し上げると、アレは、非常にマニアックである。
そもそも、いわゆる特発性間質性肺炎は、「特発性」という名称が示すように、何が何だかワケのわからない病態である。 分類といっても、Katzensteinをはじめとした病理学者や放射線医学者らが 検査所見から形態学的に分類している段階であって、病因や機序については、ほとんど理解が及んでいない。
たとえば非特異性間質性肺炎は、しばしば、膠原病に合併している。 しかし、「実は全例が膠原病なのではないか」とする意見もあり、真相は、よくわからない。 さらにいえば、そもそも「膠原病」なる症候群も、正体不明である。 このあたりの謎について、病理学者の卵母細胞たる立場として私自身は強い関心を持っているが、 医師一般が、医学的教養として備えているべき学識の範疇は逸脱していると言わざるを得ない。
最後に一つ補足すると、「組織因子が、血液凝固の、いわゆる内因系カスケードを活性化する」というのは 現代では正しいと考えられている。