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名大医学科の場合、だいたい四年生以下の学生は、かなりの割合で頭髪を脱色ないし染色している。 これが、五年生になると、ほとんど例外なく黒髪になる。 そして六年生の夏が過ぎると、また茶色や金色が出現する、という具合である。
どうして、このようなことが起こるのかというと、臨床実習にあたり当局から「頭髪の脱色や染色を自重せよ」という通達があるからである。 五年生の春から六年生の夏まで、我々は臨床実習として患者に接する機会が多い。 その際、頭髪が茶色や金色だと、一部の患者を不快にさせる恐れがあるから、ということであるらしい。
なぜ、学生の頭髪が茶色だと患者が不快になるのか。 これは、二十年ほど前の「髪を染めるのは不良やチンピラのやることだ」という価値観を、一部の人々は今なお保持しているからであろう。 実際のところ、もはや現代では、髪を染めることはさしたる不良行為には当たらず、 社会一般にはもちろん、医師や看護師などにも染色している者は多いし、それも若年者に限らず、中高年の間にも染色は普及している。 いわゆる白髪隠しのための染色は別にしても、頭髪を紫に染めた高齢の婦人なども、それほど珍しくはない。 こうした事情を考えれば、好き嫌いはあるにせよ、「髪を染めるのは不良であり不謹慎だ」「茶髪だなんて、チャラチャラしやがって」 というような発想は時代錯誤であると言わざるを得ない。
実際のところ、学生の髪色に文句をいうのは、いわゆるクレーマーの類であって、大抵の患者は、特に気にしないであろう。 というより、患者自身の息子やら娘やら孫やらが、茶髪や金髪にしている例が多いのではないかと思われる。 もっとも、茶髪の学生をみて「なんだか軽薄そうな学生だな」というような印象は持たれるかもしれないが、 「茶髪を禁ず」などと通達するほどの深刻な問題であるとは思われない。個々の学生の裁量の範囲であろう。 だいたい、西洋人の俳優などが金髪に染めているのをみても「軽薄だ」とは言わず、むしろ「カッコイイ」などと、もてはやしているではないか。
たぶん、学生の多くも「別に茶髪ぐらい、いいんじゃないの」とは思いつつも、エラい先生の指導に敢えて反抗はせず、一応は従う、という方針をとっているのだろう。 そして臨床実習が終わるや否や、自己表現の手段として髪色を再び変えるものと推定される。
問題は、なぜ、そうした理不尽な指導に反抗せず、おとなしく従うのか、ということである。 彼らの言い分としては、たぶん、「そこまでして髪色を貫き通そうとまでは思わない」というようなものであろう。 なぜ、そこで譲るのか。知らん顔をして茶髪やら金髪やらのまま実習に参加し、何か言われたら戦闘を開始する、という若者らしい積極性を、なぜ発揮しないのか。 私自身は天然色の髪色だが、もし学年の誰かが頭髪の色でもめた、という話が聞こえてきたら、喜んで参戦しようと手ぐすねを引いて待っていた。 しかし結局、私の知る限りでは、そういう騒動はなかったらしい。
名大医学科には、平和主義者が多い。