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2015/10/05 腎臓の解剖

人体の中で、最も好きな臓器は何か、という質問は、一般社会的な感覚からすれば、かなり猟奇的であるかもしれない。 しかし我々は、人体を詳らかに理解した上で、時に切断し、時に移植するという、いわば猟奇的な行為を生業にしているのだから、 仲間内で、そうした「異常な」問いを発するのは、それほどおかしなことではあるまい。

私の場合、最も好きな臓器は血液であり、それに皮膚、腎臓が続く。 一般的な感覚からすれば血液や皮膚は臓器に含めないかもしれないが、医学的には、まぁ、含めてしまうのが多数派であろう。

血液は、その分化に伴う細胞の変容が比較的容易に観察できるという意味で、また腫瘍の研究材料として扱いやすいという意味で、 形態学者や病理学者の注目を集める臓器である。 また、皮膚は中山書店『あたらしい皮膚科学』第 2 版によれば、面積が 1.6 m2, 重量が体重の 16 % を占める人体で最大の臓器である。 私の美的感覚からすれば、皮膚は、人体において、もっとも調和のとれた組織学的構造を持っている。 その調和の乱れと皮膚疾患とは、表裏一体である。従って、皮膚疾患の診断にあたっては、侵襲性を気にしないのであれば、病理組織学的診断が極めて有効である。 腎臓は、形態的にも機能的にも極めて複雑な臓器である。もはや神秘的であるといっても良い。 その神秘に惹かれ、謎を明らかにしたいと思うのは、医学者として自然な気持ちであろう。

その腎臓の解剖であるが、学生向けの平易な書物では、かなり簡略化されて、いい加減な説明がなされることがある。 たとえば尿細管の区分について、近位尿細管はヘンレの係蹄に続き、その後は遠位尿細管となり、集合管に注ぐ、というような説明が、しばしばなされる。 伊藤隆『組織学』改訂 19 版によれば、この説明は正しくない。 というのも、「ヘンレの係蹄」には、近位尿細管や遠位尿細管の一部が含まれるからである。

まず第一に、ネフロンについて、皮質ネフロンと髄旁ネフロンとを区別することが重要である。 皮質ネフロンは、皮質浅層の糸球体から発するネフロンであって、あまり髄質深くに入っていかない。 一方、皮質深層の糸球体から発する髄旁ネフロンは髄質深くまで至り、髄質間質の高浸透圧形成を担う。

さて、糸球体を発した尿細管は、まず糸球体周辺をウネウネと巡る。これが近位曲尿細管である。 その後、髄質に向かって下行し、近位直尿細管と呼ばれる。両者を併せると尿細管全体の半分程度の長さになるらしい。 続いて薄壁尿細管に移行する。これは、いわゆる「ヘンレの係蹄の細い部」であって、この部分の上皮は皮質ネフロンと髄旁ネフロンで形態が異なるようである。 そして、皮質ネフロンでは通常は下行脚の途中から、髄旁ネフロンでは上行脚の途中から、遠位直尿細管に移行する。 ヘンレの係蹄、というのは、この近位直尿細管から遠位直尿細管までの U 字型の部分をいう。

いわゆるループ利尿薬が作用する部位、すなわち水をあまり通さずに Na+, K+, 2 Cl- を再吸収するのは、 いわゆる「ヘンレの係蹄上行脚の太い部分」、つまり遠位尿細管起始部である。 念のために確認しておくと、この部分ではイオンが著しく再吸収されるため、尿細管周囲の髄質間質が高張となる。 だいたい、生理食塩水の 4 倍ぐらいの浸透圧であると思えば良い。 従って、この高張な間質を集合管が通過する際に、いわゆる「尿の濃縮」が行われるのであって、最大限に再吸収すると、 だいたい生理食塩水の 4 倍ぐらいの高張尿が作られるのである。 なお、この浸透圧勾配を作る原動力は、尿細管上皮の基底側にある Na+, K+-ATPase である。

ここで、ネフロンの構造について理解できない点が一箇所ある。 上行脚の細い部分は、いったい、何のためにあるのだろうか。 下行脚だけで「細い部分」は終わりにして、上行脚は全部「太い部分」にしてしまった方が、髄質深層でより大きな浸透圧勾配を形成でき、効率が良さそうに思われる。

いわゆる対向流増幅系を私が正しく理解していないのか、それとも何か未知の機構が存在するのか、あるいは単なる神様の悪戯なのか、真相はわからない。


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