これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
医療過誤の中で、時に問題になるのが患者の取り違えである。 特に重大な例でいえば、患者の本人確認を怠ったために、別人に対して手術を行ってしまった、という案件が、過去に何度も繰り返されている。 そのため我々は、患者に対する氏名等の確認を徹底するよう教育されているし、病院内では患者に対し、本人確認への協力を求めるポスターが掲示されている。
それでも、臨床現場では、本人確認を怠る例は多い。 長期にわたり通院ないし入院している患者に対して、診察の度に氏名や生年月日を確認するのを省略したり、不適切な方法で確認する医師は、珍しくないのである。 不適切な方法というのは、たとえば医師の方から「○○さんですね?」と問う、というものである。本来は、患者自身に氏名を言ってもらう必要がある。 というのも、たとえば「ハマダ」さんに対して「ヤマダさんですね?」と問うてしまうと、患者側は聞き違えて「はい」と答えてしまう恐れがあるからである。 毎回毎回氏名を問われるのは、まるで自分のことを忘れられているようで不愉快に感じられるかもしれないが、医療過誤を防ぐために必要なことなので、やむをえない。
私は以前、多数の教授らが出席するパーティーの受付係を務めたことがある。 主たる任務は、誰が出席したのか、入口で確認し名簿にチェックすることであった。 このとき、私は、例外なく、出席者に名前を言ってもらった。 さすがに、病院長や学部長に対してお名前を頂戴してよろしいでしょうかなどと問うのは、少しばかりの勇気を要した。 しかし、私は半ば冗談めかして「患者確認の一貫ということでご協力をお願いします」と押しきった。 病院長は苦笑いしていたようにも思うが、学生にこう言われては、反論できまい。
実際、これは重要なことである。 たとえば病院長が何らかの理由で自院に入院した時にも、氏名の確認は徹底しなければならない。 もし病院長に対する確認を省略するなら、学部長はどうなるのか、他の教授はどうなるのか、他の一般の医師やスタッフの場合はどうなるのか、と、なし崩しになる。 結局、どの患者にも氏名の確認を省略することになってしまうのである。 「これは仕事ですので」と割り切って、例外なく確認する方向で押しきるのが正しい。