これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
過日、近くの医院で健康診断を受けた。 この医院の待合室には「血中遊離 DNA 濃度測定」のポスターが掲示され、パンフレットも置かれていた。 私には、そのようなものを測定して、一体、何の役に立つのかわからなかったが、どうやら、これは癌を早期発見するためのスクリーニング検査であるらしい。 パンフレットを読んで、私は「これは、インチキだ」と考えた。 というのも、そのパンフレットでは、陽性反応適中率が高いことをもって、この検査が癌の早期発見に有用であるかのように説明していたのである。
この場合、陽性反応適中率というのは、検査で「陽性」と出た患者のうち、実際に癌を患っている者の割合をいう。 少し考えればわかるように、これは、母集団の選び方によって、いくらでも変化する。 たとえば定期健康診断を受けた人について統計をとれば、癌患者は比較的少ないのだから、陽性反応適中率は低くなる。 一方、大学病院の腫瘍内科を受診した患者について統計をとれば、大半が癌患者なのだから、陽性反応適中率は、かなり高くなる。 従って、ある調査で陽性反応適中率が高かった、という事実は、その検査が有効であると考える根拠にはならない。 つまり、このパンフレットは、疫学的に意味のない内容を書いて素人を欺こうとしているのである。
少し論文検索してみたところ、確かに、血中遊離 DNA 濃度の測定を癌のスクリーニングに役立てようとしている報告は少なからず存在する。 ただし、その内容は、眉唾である。 たとえば、ある報告は、この手法が卵巣癌の検出に有効であると主張している (Oncology Letters 10, 3478- 3482 (2015))。 しかし、これは、望ましい結果が得られるように、恣意的に研究計画が立てられている疑いがある。
そもそも血中遊離 DNA 濃度による癌検出の原理は、癌患者では炎症の結果として細胞が破壊され、血中に多量の DNA が放出される、という現象に基づいている。 つまり、これは癌ではなく炎症マーカーなのであって、CRP や白血球数などと同様のものである。 上述の報告では、卵巣癌患者、卵巣良性腫瘍患者、健常者について血中遊離 DNA 濃度の測定による鑑別が行われているが、いわゆる炎症性疾患の患者は含まれていない。 一番、鑑別の難しい患者群を、最初から対象外としているのである。 また、健常者と癌患者を鑑別できるのは良いとしても、良性腫瘍患者と癌患者を鑑別できていることは不自然である。 検査の原理からいって、この手法は、腫瘍の良悪性を鑑別できないはずだからである。 たぶん、「望ましい」結果が得られるよう、調査に参加する患者をよく吟味したのであろう。
こうしたアヤシゲな検査が行われている背景には、論文にする材料が欲しい自称研究者、経営を改善したい検査会社や一部の開業医らの思惑が絡んでいるものと思われる。
なお、少なからぬ医院等のウェブサイトで、この検査の紹介がなされているが、その有効性の根拠となる文献をキチンと挙げているサイトは皆無である。