これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2016/02/20 ハイドロキノンの臨床試験

私が通院している某皮膚科医院の院長は、診断は確かであるが、医師としての見識は疑わしい人物である。 この医院の待合室には、以前から、ハイドロキノンクリームの宣伝ポスターが掲示されている。 ポスターといっても専門家向けのものであって、ある種の色素性皮膚病変に対してハイドロキノンが有効であることを示す臨床試験の結果を示したものである。 待ち時間に、このポスターを眺めているうちに、沸々と怒りが湧き起こってきた。この臨床試験は、不誠実にも程がある。

ポスターによれば、これは二重盲検左右比較試験、とのことであった。 つまり、たとえば右上肢と左上肢とに、ハイドロキノンクリームと、ただのビタミン C クリームとを塗り、どちらがどちらであるかは 医者にも患者にもわからないようにしておく。 そして、右と左でどちらが改善したかを判定してから、どちらに塗ったのがどちらであったか、答え合わせをする、という次第である。 こういう面倒な手順を踏むのは、もちろん、プラセボ効果を排除するためである。

試験の結果では、6 割の患者ではハイドロキノンを塗った方に改善がみられ、2 割では左右とも同じ程度、 残りの 2 割はビタミン C クリームを塗った方が改善したという。 そのポスターでは、これをもって「6 割の患者で改善がみられた」というような主張をしていたように思われる。

なぜ、2 割もの患者でビタミン C クリームの方が改善したのか。 本当に盲検化できていたのなら、これはプラセボ効果ではない。 ハイドロキノンが病変を増悪させたのか、判定方法に問題があったのか、それとも単なる自然治癒による偶然なのかはわからない。 しかし、ハイドロキノンが奏効したという「6 割」のうち、少なくとも 2 割は、こうしたハイドロキノンの効果以外の原因による改善と考えられる。 患者のうち、あわせて 4 割が偶然誤差による改善または増悪を示した、というのでは、誤差が大きすぎて、とても信頼できる調査とはいえない。 というより、ハイドロキノンには、その程度の、誤差とあまり区別がつかない程度の効果しかないようにもみえる。 本当はあまり効かない薬を、実際以上に奏効するかのようにみせかけるテクニックを使ったのではないか、との疑念を抱かざるを得ない。

もちろん、差し引き 4 割の患者で少しは改善した、というのであれば、副作用や経済性の問題なども充分に理解した上で使うのは、患者の自由である。 しかし、もし、医者が薬を評価する際に公正中立な立場を放棄し、よくみせかけるための技を駆使したのであれば、職業倫理に反し、 医学と医療と、そして患者に対する裏切りである。


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