これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2016/02/07 眼窩底骨折

国家試験期間中に、あまり速報めいたことを書きたくはないのだが、忘れないうちに、これだけは書いておこうと思う。 第 110 回医師国家試験の C セッションでは、眼窩底骨折に関する出題がなされた。 今は問題冊子が手元にないので記憶に頼って書くが、次のような内容の設問であった。

患者は十歳台であり、野球か何かのボールが眼のあたりにぶつかり、救急搬送された。 眼球結膜下に出血を認める。 CT では、眼窩底骨折 (眼窩吹き抜け骨折) および脂肪織の陥入を認めるが、眼球に異常はみられない。 この患者でみられる可能性が高い所見を選べ。

この問題に対しては、ほとんどの学生が「複視」を選んだのではないかと思う。 「眼窩底骨折といえば複視」というのが、医師国家試験における「決まりごと」だからである。 しかし、この問題文の記載が本当に正しいならば、複視は考えにくい。

眼窩底骨折で複視が生じるのは、外眼筋や周囲の軟部組織が骨折部に陥入し、その運動が妨げられるからである。 それに対し本問では、外眼筋そのものは陥入していない。 もちろん、脂肪織だけが陥入している状態であっても、その脂肪織に牽引されるなどして外眼筋に運動制限が生じ、複視を来す可能性はある。 あるいは、眼球全体の位置がズレた結果として、複視を来すことも考えられる。 しかし、いずれにせよ、そうした眼球や外眼筋の解剖学的異常を示唆する何らかの画像所見が存在するはずである。 「脂肪織は陥入しているが『眼球に異常はみられない』」という所見のみで、外眼筋の異常が指摘されていない以上、複視があると考える合理的根拠は存在しない。

これに対し「眼球結膜下出血」という情報は、重大である。 極端な例として、眼球結膜と角膜の間に多量の血液が充満していれば、何もみえない、という状況があり得る。 出血が比較的少なく血液が重力に引かれて下方に溜まれば、下半分の半盲になるであろう。 そう考えると、本症例では「複視」より「半盲」の方が合理的である。

根本的な問題としては、そもそも「画像所見から症候を推定する」という発想に無理がある。 単に「眼窩底骨折に高頻度で合併する所見を選べ」とするか、「結膜下出血」などと余計なことを書かなければ何も問題はないのに、下手にヒネるから、おかしくなるのである。

出題者の意図が何であったのかは、知らぬ。 しかし、本症例で迷わずに「複視」を選んだ者は、思慮が足りない。 この問題について、私は失点覚悟で「半盲」を選んだ。ここは、プライドの問題として、譲れなかった。

正直に言えば、「複視」にしようかと、5 分ほど迷った。 しかし、ここで「複視」を選ぶようでは、私が医師になる意義が損なわれるのではないかと恐れたのである。


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