これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
友人の某君から、第 109 回医師国家試験の G 68 の問題の正答率が非常に低かったらしい、という話を聞いた。 この問題は、それなりに長いので全文を転載することは控えるが、要約すると次のようなものである。
上部消化管内視鏡検査を行ったところ、胃に複数の小さなポリープがみつかった。(内視鏡画像が提示されている。) この病変の組織像として考えられるのは、どれか。(組織像が 5 枚、提示されている。)
画像は厚生労働省が公開しているので、気になる人は閲覧されよ。
この問題の病変は、胃底腺ポリープである。 病理医志望でもない限り、胃底腺ポリープの組織像など知らぬ、という学生が大半であろうし、そもそも「胃底腺ポリープ」という名称自体、聞いたことがないかもしれない。 しかし、医師国家試験では、そういうマニアックな知識を要求しているわけではなく、 単に「ポリープとは何か」「胃の正常組織は、どのようなものか」ぐらいがわかっていれば、キチンと正解できるように作られている。
ポリープというのは、隆起性病変の総称である。 隆起しているということは、細胞が増殖しているのであろうから、その実体は、過形成か、良性腫瘍か、悪性腫瘍かに区分することができよう。 本問では、内視鏡画像で整った形のポリープが示されているのだから、基本的には、過形成か、せいぜい良性腫瘍であろうと考えられる。 もちろん、悪性腫瘍の可能性も内視鏡だけでは否定できないが、その場合、良性腫瘍の一部だけが悪性化している、という形になるだろう。
選択肢に挙げられている画像のうち、d は組織学的異型が強く、悪性腫瘍であろう。 a b c e は、何かおかしい、と感じるかもしれないが、問題は、これらがポリープかどうか、という点である。 a は細胞の形がおかしいだけで、増えている様子がない。 b は胃底腺のあたりに異型がみられるから、もしかすると腫瘍かな、と考えるのは自然なことだが、細胞が増えている様子がない。 e も粘液腺が目立つので「胃にしては変だ」と思う人がいるかもしれないが、これも細胞が増えている様子はない。 これに対し、c では何やら異型に乏しい細胞が増えている。
こうしてみると、「胃底腺ポリープ」というものを知らなくても a b d e は違う、と判断することができる。 選択肢に示された画像は a 腸上皮化生、b 慢性胃炎 (胃底腺の異型は炎症によるものであって、腫瘍ではない)、 c 胃底腺ポリープ、d 腺癌、e 軽度の炎症を呈する幽門部、であろうが、 そんなことは、わからなくても解答には支障ないのである。
私が危惧しているのは、一部の予備校講師や学生が、本問を受けて 「胃底腺ポリープの組織学的特徴は、胃底腺が嚢胞状の拡張を示しながら増殖するものであって云々」などと言い出すのではないか、ということである。 そんなマニアックな知識は、病理医以外の医師にとっては必須でも何でもない。 むしろ、ポリープという概念を正しく理解することの方が重要である。