これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
第 103 回医師国家試験 I 2 の問題は、ものすごくマニアックであった。
胎児水腫の原因とならないのはどれか。
a 伝染性紅斑
b Potter 症候群
c 双胎間輸血症候群
d 血液型不適合妊娠
e 胎児頸部リンパ嚢胞
胎児水腫というのは、胎児の全身性浮腫のことである。 原因は多様であるが、南山堂『ウィリアムス産科学 原著第 24 版 日本語版』によれば、臨床的には「抗 D 抗体による溶血によるもの」と「それ以外」に大別するらしい。 抗 D 抗体によるもの、というのは、胎児の血液型が Rh (+)、つまり D 抗原陽性であり、母親が抗 D 抗体を持っている場合に、 その IgG 抗体が胎盤を通過して胎児に溶血性貧血を引き起こす、というものである。 胎児は慢性的に高度の貧血を来すので、代償性の体液貯留を引き起こし、全身性浮腫を来すのである。 これを、産科学では Rh 式血液型不適合妊娠などと呼ぶ。
そもそも母親の血中に抗 D 抗体が生じるのは、血液型が Rh (-) である女性が、Rh (+) の血液を輸血されたとか、 Rh (+) の胎児を妊娠した際に胎児血液に曝露された、とかいう状況に限られる。 そこで、Rh (-) の女性が Rh (+) の胎児を妊娠した場合には、母親に対して、胎盤を通過しない形の抗 D 抗体を投与する。 これは、母親のリンパ球が D 抗原と接触して抗 D 抗体を産生することを防ぐためである。
伝染性紅斑や双胎間輸血症候群について述べることは控えるが、これらも胎児水腫の原因としてよく知られているから、冒頭の問題について迷うとすれば b と e であろう。 正解は b の Potter 症候群なのだが、これを迷わずに選んだ学生は、非常によく勉強しているか、さもなくば浅慮である。
「Potter 症候群」という語の定義は、教科書によって少しずつ異なるので困るのだが、基本的には「両側腎無形成に続発する羊水過少等に起因する症候群」と考えてよかろう。 両側腎無形成なのだから、エリスロポエチン産生障害により高度貧血を来すであろう、と想像するのは、自然なことである。 結果として胎児水腫を来しても、何の不思議もない。 ところが教科書をみると、Potter 症候群で高度貧血を来す、などという記述は、みあたらない。 一応、「ウィリアムス」では胎児水腫の原因として腎奇形が挙げられているが、腎無形成には言及がないのである。
調べてみると、どうやら、胎児でも赤血球造血はエリスロポエチン依存的であり、しかもエリスロポエチンは胎盤を通過しない。 従って胎児自身がエリスロポエチンを産生しているはずである。 それなのに、腎臓がなくてもキチンと赤血球を作れる、というのである。
H. Fahnenstich らの報告では、Potter 症候群を患って出生した 6 人の児について臍帯血中のエリスロポエチン活性を調べると、普通よりも、だいぶ高値であった。 もちろん、貧血はみられなかった。 (European Journal of Pediatrics 155, 185-188 (1996).) また、P. Haga が報告したマウスを使った実験でも、両側腎無形成であっても、造血や血中エリスロポエチンの活性に異常はみられなかった。 (Journal of Embryoology and Experimental Morphology 61, 165-173 (1981).) この Haga によれば、羊や山羊を用いた実験では、胎仔から腎臓を切除しても血中エリスロポエチン活性に著明な変化はみられなかった、という報告があるらしい。 (この報告は名大図書館に所蔵されていないので、取り寄せを依頼した。追加情報があれば、後日、別途記載する。)
これらの情報を総合的に解釈するならば、直接的な証拠はないものの、胎児では腎臓以外のどこかでエリスロポエチンが産生されている、と考えるのが自然である。 一体、どういうことなのだろうか。