これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
記憶がいささか曖昧であるが、たぶん、内科学の単位認定試験の時であったと思う。 「ループス腎炎でみられる検査所見として正しいものを選べ」というような設問に対し、選択肢に「C3 低値」というものがあった。
ループス腎炎というのは、全身性紅斑性狼瘡 (Systemic Lupus Erythematosus; SLE) による腎傷害と考えられている。 詳しい機序はよくわからないのだが、免疫複合体が糸球体に沈着し、糸球体腎炎を来すものと考えられている。 免疫複合体というのは、抗原と抗体が結合したものであって、基本的には補体を活性化する作用がある。 従って、通俗的な説明としては、補体は消費されて減少するから、血液検査において補体の一つである C3 の量を測定すると低値になる、とされる。
以上のことからわかるように、出題者の意図としては、「C3 低値」という選択肢は正解なのであろう。そのくらいのことは、いくら私でも、わかる。 しかし私には、この「C3 低値」という表現は非常に曖昧で、不正確であるように感じられ、気に入らなかった。 そこで挙手して、「この C3 低値というのは、血液検査でしょうか」という質問を行ったのである。
何しろ選択肢には「C3 低値」としか書かれていないのだから、尿中の C3 濃度を測定したのかもしれないし、 ひょっとすると腎生検した検体中の C3 を定量したのかもしれない。 私は、そんな検査を臨床的に行うなどとは聞いたことがなかったが、理屈からいえば、ループス腎炎では組織中の C3 濃度は高値になるであろう。 また、東京化学同人『生化学辞典 第 4 版』によれば、C3 の分子量はだいたい 18 万であるので、通常、尿中には排泄されない。 もし尿中で C3 が検出されたならば、ネフローゼ症候群を来していると考える有力な証拠になる。 こういう「変な検査」には、もちろん保険が効かないが、こういう検査を禁ずる規則はないので、インフォームドコンセントさえあれば、実施しても構わない。 医学的には、不適切とまではいえない検査なのである。 天下の名古屋大学であれば、そういう珍妙な検査を試験に出題することも、あり得ない話ではない。
以上のような深遠な思慮に基づいた私の質問であったが、その意図は伝わらなかったらしく、監督者からは、協議の末「書かれている通りに読みたまえ」とのみ回答された。 遺憾である。