これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2016/01/21 初期臨床研修医と労働基準法

医師については、現在のところ、労働基準法を無視した雇用がまかり通っているようである。 この点について、中には訴訟で争う医師もいて、労働基準法に基づく時間外手当の支給等を命じた判決もあったと思うが、そのあたりは杜撰な病院も多いと思われる。 一部の勘違いした学生や医師の中には、勤務がキツいこと、睡眠をとれないことなどを自慢する風潮があるようだが、実に馬鹿げている。 このあたりについて、内科学の名著 `Harrison's Principles of Internal Medicine 19th Ed.' は、総論において厳しく批判している。 もちろん、中にはマトモな病院もあって、私が実習で訪れた民医連系の某病院などは、 医師の出退勤をタイムカードで厳格に管理し、時間外手当も細かく支給していた。 もちろん、着替えの時間は勤務時間に含めることになっており、理想的で完全に合法な運用であった。 この病院は、患者や業者などから物品を受け取ることを院内規定で明確に禁止しており、 たとえば業者負担で弁当が供される「情報提供会」なども行われていなかった。 しかし、こういう倫理規範や遵法意識のしっかりした病院は、日本では少数派であると思われる。

病院によっては、初期臨床研修医が救急外来や麻酔などの場面で「活躍」するところもあるらしい。 良く言えば「戦力として期待されている」ということになるのだが、平たくいえば、安い労働力として活用しているに過ぎない。 もちろん「安い」と言っても一般の医師と比較した場合の話であって、大卒初任給で月給 30 万とか、病院によっては 50 万とかであるから、世間の標準からいえば高給である。 ただし「月額固定、時間外手当なし」などという、意味不明で遵法意識が微塵も感じられない病院もある。 我が北陸医大附属病院 (仮称) も、このあたりは、まぁ、あまり合法的であるとはいえない。 こうした待遇を公然と研修医募集要項等で提示しているのに、厚生労働省は何も介入しないのだから、日本というのは、そういう野蛮な国だということである。

こうした初期臨床研修医の違法な待遇がまかり通っているのは、歴史的背景によるものであろう。 かつて、いわゆるインターン制度があった時代には、医学科を卒業した者は無給で病院での研修を受け、然る後に医師免許を取得していた。 しかし、このインターンの期間に、無免許であるのに診療するなどの違法行為が横行し、 また研修とは名ばかりで単なる雑用などの労働を強いられることも多かったらしい。 そのために、昭和 42 年頃のいわゆる青医連運動や医師国家試験ボイコット運動などを経て、インターン制度が廃止され、初期臨床研修制度が始まったのである。 つまり、研修医は形式的に雇用契約を結んではいるものの、歴史的には、その給与は労働への対価ではなく、 研修期間中の生活費扶助、というような意味合いなのである。 このあたりの歴史については、下司孝之という人物がよくまとめたウェブサイトを作っている。

さて、北陸医大の場合、研修医を、あまり戦力として期待してはいないようであり、たいへん、結構である。 診療という観点だけからいえば、研修医が一人や二人、仮にドロップアウトして消えてしまったとしても、別段、困らないのである。 一方、少なからぬ学生は、むしろ研修医が診療上の重要な役割を担う病院を好むらしい。 しかし本来、初期臨床研修医は、医師免許を持っているとはいえ、あくまで研修のために病院にいる。 それを戦力として数えるというのは、まともに研修する気がないことの証左である。 「習うより慣れろ」方式でいくなら、医学部六年間など省略して、中卒か高卒の段階で直ちに病院での研修を開始した方がマシであろう。

もちろん、他人から必要とされたい、と思うのは人として自然なこと、当然のことである。 しかし、安い労働力として都合良く利用されることで「他人の役に立っている」とヨロコビを感じるのは、奴隷的発想である。 いささか、志、あるいは尊厳が、矮小なのではないか。 あなた方の能力は、もっと遠くの将来と広い世界をみすえて、別の形で他人の役に立てるべきであろう。


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