これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2016/01/15 フグと破傷風とボツリヌス

先日、ある人と食事をしていてフグの話になった。 フグの毒といえばテトロドトキシンであり、いわゆる神経毒であるが、具体的には、どういう作用のある毒であっただろうか、という話題である。 私は、オボロゲな記憶に基づいて「シナプス小胞が細胞膜と融合するのを妨げるのではなかったか」というようなことを述べたが、これは誤りであった。 丸善出版『ハーバード大学講義テキスト 臨床薬理学 原書 3 版』によると、テトロドトキシンはナトリムチャネル遮断薬である。 つまり神経の伝導を抑制する毒物である。

医学書院『臨床中毒学』によれば、テトロドトキシンはフグの肝臓と卵巣に多いが、腸と皮にも、それなりに含まれている。 この毒素は、ビブリオ属などの細菌により産生され、生物濃縮されたものと考えられている。 そしてヒトなどにおいてナトリウムチャネルを外側からブロックするが、フグのナトリウムチャネルにはテトロドトキシン結合部位が存在しないらしい。 死亡する原因は、大抵、呼吸筋麻痺である。

さて、天然の神経毒といえば、他に有名なのは破傷風毒素とボツリヌス毒素である。 医学書院『標準微生物学 第 12 版』によれば、ボツリヌス毒素は、特定のシナプス小胞付随蛋白質を切断することでアセチルコリンの放出を抑制するらしい。 私は、これとテトロドトキシンを混同していたのである。 なお、理屈からわかるように、ボツリヌス毒素は筋弛緩および副交感神経抑制の作用がある。 近年、この筋弛緩作用を美容目的で使おうとする動きがあるようだが、厳密には違法であると思われる。

いわゆるボツリヌス菌というのはClostridium botulinumのことであるが、有芽胞菌という意味では破傷風菌すなわちClostridium tetaniも類縁菌である。 破傷風毒素であるテタノスパスミンは、シナプス小胞付随蛋白質のうちシナプトブレビンを切断することで γ-アミノ酪酸などの放出を抑制するらしい。 つまりボツリヌス毒素とは、シナプスの選択性が異なるのである。 詳しいことはよくわからないのだが、抑制性シナプスの方が興奮性シナプスより抑制されやすいらしい。 「標準微生物学」によれば、破傷風毒素は細胞膜を通過して逆行性に中枢神経系に到達するという。

この「逆行性」とは、どういうことか。 単に細胞膜を拡散で通過するのではなく、本当に、軸索を逆行して中枢側に移動しているらしい。 いったい、どうしてそんなことになっているのかは、よくわからない。


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