これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
昨年 12 月 25 日の事故である。千葉県がんセンターで、乳腺の針生検を行った検体の取り違えがあったという。 検体の遺伝子検査も行った結果から、取り違えがあったことは間違いないようである。 詳細はよくわからないが、本来は手術不要であった患者に対して、乳房切除術を行ってしまったらしい。 報道では「針生検」とあるが、なぜ穿刺吸引細胞診ではなく針生検なのかは、わからない。 千葉県がんセンターでは全例に針生検を行っているのだろうか。
同センターの記者発表には、あまり詳しいことは掲載されておらず、 マスコミ各社も、あまり熱心には報道していない。 その中で讀賣新聞だけは、独自の取材量が多いのか、記事が比較的詳しく、いくつかの記事がウェブ上に掲載されている。 ただし、その報道内容には悪意を感じる。
讀賣の記事には 「当初の診察とは矛盾する検査結果が出たにもかかわらず、同センターがこれを重視せず、検体の取り違えを疑っていなかったことがわかった。」とあるが、 これは事実に反する。 記事の内容からすると、「当初の診察とは矛盾する」というのは「臨床的に進行癌と考えられていたのに針生検で癌がみつからなかった」という意味であろう。 しかし日本乳癌学会『乳癌診療ガイドライン 2013 年版』によれば、針生検の感度は 86-96 %、特異度は 89-99 % とある。 感度は、それほど高くないのであって、癌がみつからないということは珍しくない。この病理検査結果自体は、臨床所見と矛盾していないのである。 むしろ特異度が意外と低いように思われるかもしれないが、これは「癌を否定はできない」という診断があるためである。 針生検で悪性と診断されたものが実は悪性ではなかった、ということは、まず、ない。
ただし、針生検の段階で取り違えに気づく余地は、確かにあったのかもしれない。 はたして、その組織学的所見は、MRI などの画像所見と矛盾しないものであったのだろうか。 また、今回の場合、患者の年齢は 30 代と 50 代である。乳腺の組織学的構造は、ある程度、年齢を反映するから、 熟練した病理医であれば「50 代にしては乳腺が若すぎる」と感じることが、できるのではないか。
とはいえ、検体取り違えを見破るのは容易ではあるまい。 千葉県がんセンターからの、調査報告の発表を待つ次第である。