これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/06/16 正しい表現

言葉遣いについての全三回の連載は、本日で終了する。

医者や医学科生の多くは、言葉に無頓着である。 カルテをみると、だいたい、日本語がおかしい。 おそらく、医学的な用語や概念を正しく理解していないために、正確な表現をすることができないのである。 当人は「通じれば良い」などと弁明しているが、実際には通じていない。 話す側も聴く側も想像に頼って会話している状態であり、正しい情報交換が行われておらず、医療過誤の温床となる。

たとえば「脳梗塞」という概念を説明する表現として 「脳梗塞は、脳血管の塞栓などによる虚血により引き起こされ、組織学的には壊死がみられる。」などという文章があったとする。 医学の教科書では、なぜか、こういう表現を好んで用いるものが多いが、実によろしくない。 というのも、「定義」と「傾向」が不明瞭なのである。 この例でいえば「梗塞以外の虚血性壊死は、あり得るのか?」とか、「壊死を伴わない脳梗塞は、あり得るのか?」ということが、わからない。

定義を踏まえた適切な表現は、次のようなものである。「脳梗塞とは、虚血により脳の組織が壊死することをいう。虚血の原因は、塞栓であることが多い。」 多くの人が、わざわざ定義を曖昧にして記述するのは、たぶん、書いている当人が定義をよく理解していないからである。 自信がないから、つっこまれないように、ぼかして表現するのである。

そして学生は、「世の中には『脳梗塞』というものがある。その特徴は……」というように、「まず脳梗塞ありき」という考えで暗記する。 それが、国家試験で効率的に点を取るためのテクニックなのであろう。 しかし本当は、「脳の虚血性壊死」とイチイチ言うのが面倒だから「脳梗塞」という言葉を発明しただけであり、 天の神様が決めた摂理として「脳梗塞」という概念が存在するわけではない。 従って、我々は「脳梗塞」と聴いた時には必ず「脳の虚血性壊死」と、意識的に、あるいは無意識に、翻訳して理解するべきである。

大学では「医学英語」を教える前に、まず「医学日本語」を教えるべきである。


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