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2015/06/08 教科書レビュー: 南山堂『TEXT 麻酔・蘇生学』 改訂 4 版

精神医学の試験に合格した。本日は、麻酔科学の試験である。

標題の書について、各論の一部を除いて通読した上でのレビューである。

本書は、生理学や薬理学の基本的な部分をキチンと修得していない者は読むべきではない。 なぜならば、そうした基礎的な部分について、あまり一般的でない説明がなされているからである。 特に、「消失半減期」や「PT-INR」などの重要な概念の定義に誤記がある。

また、いわゆる「サードスペース」の概念は、いわゆる浸透圧に関するスターリングの法則に基づく苦し紛れの発想である。 これは生理的実態とかけ離れており、不適切であることが明らかにされているが、そうした点への言及もない。 現在では、体液の分布については glycocalyx などを含めた比較的複雑な理論が必要であると理解されつつある。 また、長く論争が続いている「晶質液と膠質液のどちらが良いか」という問題について、膠質液派の論拠であったスターリングの法則が崩れたことにより、 現時点では膠質液を用いる理論的根拠が存在しないにもかかわらず、この点についても偏った意見が記載されているように思われる。

さらに、プロポフォールには蓄積効果がない、という記述があるが、これはプロポフォールの脂質親和性が高いことから薬理学的に不自然である。 正しくは、プロポフォールは fat group の分布容積が極めて大きいために、通常の手術時に用いる程度の投与量では蓄積効果が臨床的には問題とならない、ということである。 こうした薬理学的理解に言及せず、臨床手技に偏った記述がなされている点は遺憾である。

また、麻酔科学に特に関心のある学生にとっては、内容が浅薄であり、ものたりないであろう。 そういう人々は、Miller's Anesthesia 8th Ed. などの立派な書物を、初期臨床研修が終わる頃までに通読するのがよろしいかと思われる。

全体として、生理学や薬理学の基礎を修得した学生が、医師としての教養として麻酔科学や蘇生学の基礎を学ぶには良い教科書である。 ただしペインクリニックや緩和医療については、Harrison's Principles of Internal Medicine 19th Ed. のような一般的な内科学書より記述が乏しい。 また、日本語の乱れが随所にあり、文章としての品格がいささか損なわれているように感じられる。

なお、 序文に「医師国家試験の出題基準を重視し, 学生が必須事項をもれなく学習できるように構成した.」と書かれていることが、最も遺憾である。 それは、仮に事実であったとしても、教科書としての品位を損なうので、公然と書くべきことではない。


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