これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
5 月 20 日に書いた、大動脈弁逆流症患者に対する大動脈バルーンパンピング (IABP) についての補足である。 先の記事では、IABP が心不全を進行させるリスクについて、大動脈弁逆流の有無は関係ない、と書いたが、これは、厳密には正しくない。 しかし、適切な方法で IABP を施行すれば、重症大動脈弁逆流症でも利益がリスクを上回る例がある。
心室収縮期に大動脈は弾性変化により拡張し、心室拡張期には収縮する。 このため、IABP を施行しない例においては、拡張期全体を通して大動脈が収縮することにより、その容積変化分の血液が、腹部、腕頭部、および心臓のいずれかに移行する。 それぞれの部位への移行量は、各々の血管抵抗によって決まる。 重症大動脈弁逆流症においては、心臓や上行大動脈の血管抵抗が小さいために拡張早期には心臓への移行が主となるが、 拡張末期には心室圧が比較的、高くなっているため、ある程度は横隔膜以下にも移行する。
これに対し IABP では、通常、大動脈弁の閉鎖直後に胸部大動脈でバルーンを拡張させる。 これにより胸部大動脈の血液が、上述の三つの領域のいずれかに移行する。 大動脈弁の不完全な閉鎖直後には心室内圧が低いことから、横隔膜以下への移行は少ない。 このため、健常者に比べると、心不全が進行する恐れが高い。
では、IABP において、心房収縮期に同期してバルーンを膨張させてはどうか。 この場合、IABP による心室への逆流は比較的少ないから、横隔膜以下への血流を増やすことができる。 大動脈圧が比較的高い状況において急速にバルーンを膨張させることで内皮傷害を来す恐れはあるが、 心不全のリスクは低下し、また、冠状動脈の血流増加の利益は大きくなるであろう。 この場合、かなりの程度の大動脈弁逆流があっても、IABP が有効と考えられる。 もし急速なバルーンの膨張による内皮障害が怖いのであれば、拡張期全体を通して緩徐に膨張させるという手もある。