これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/06/01 医師国家試験批判

近頃、Francesca Laylah Jamilah 氏のプロジェクトに協力している関係上、第 108 回医師国家試験問題を一部閲覧した。 その上で申し上げるが、医師国家試験問題は、実に、くだらない。 医師として備えているべき基礎知識を問うているわけではなく、一方、医師として備えているべき基本的教養が問われていない。 ただの医療クイズである。医学ではないし、臨床医療的ですらない。

具体例を挙げる。 A 問題の 13 は、MR 画像をみて症状を当てさせる問題である。 画像から「子宮平滑筋腫だろう」と診断した上で、「粘膜に及ぶ平滑筋腫では、しばしば過多月経を来す」という知識があれば正解できる、という問題である。 しかし、この「問題」は、放射線診断学的に禁忌である。

画像診断においては、まず患者情報や臨床所見を確認した上で、画像をみて診断するのが鉄則である。 病理診断においても、臨床所見をみずに組織像だけで診断することは禁忌である。 放射線科医の集まりにおいては、「画像だけみて診断する」というゲームが行われることがあるし、 病理医も同様に組織像だけから診断する遊びに興じることがあるが、これらは、あくまで遊びである。 つまり、画像所見から症状を当てる、などということは、単なるゲームであって、臨床医学的には許されないのである。 それを、国家試験で行わせるとは、いったい、どういう了見なのか。

また、A 問題 52 では、免疫不全状態の患者が真菌性肺炎と考えられる所見を呈し、CT でびまん性のスリガラス陰影が認められる時に、適切な治療は何か、という問題である。 免疫不全で真菌性肺炎といえばニューモシスチスかアスペルギルスの頻度が高く、スリガラス陰影を成すのは前者の蓋然性が高いだろう、と推定させたいのだろう。 そして、ニューモシスチスは細胞膜にエルゴステロールではなくコレステロールを使うからアムホテリシン B が効かず、ST 合剤などが使われる、という趣旨の設問である。

ニューモシスチスの細胞膜が、真菌にしては珍しい構造をしている、という事実は、真菌マニアなら誰でも知っている。 が、はたして、これは医師として必須の常識だろうか。 臨床的には、電子カルテに診断名として「ニューモシスチス肺炎疑い」と入力した時点で 「ニューモシスチスには普通の抗真菌薬が効きませんよ。ST 合剤が普通ですよ。」という注意を表示するようにすれば、済むことではないか。 そうした細かな薬の選択など、医師になった後に、実際に処方しながら身につけていけば良いではないか。 そんなことをイチイチ記憶するより、もっと他に、医師の卵として身につけるべきものが、たくさんあるのではないか。

一部のエラいセンセイから、次のようなお叱りの言葉があるだろう。 「機械に頼ってはいけない。ミスを防ぐためには、電子カルテがなくても正しい処方ができるように、訓練する必要がある。」 意味がわからない。ミスが起こらないように電子カルテのシステムを設計すれば済むだけのことである。 機械に頼るな、というなら、内視鏡手術など、やめるべきである。心臓外科医は、人工心肺を使うべきではない。ロボット支援手術など論外である。

エラいセンセイは、自分の若い頃には電子カルテがなく、ひたすら記憶に頼らざるを得なかったために、コンピューターの威力を知らないのだろう。 そういう老人達が、やみくもに新しいものを否定することで、日本の医学教育を荒廃させているのである。

そして何より腹が立つのは、「試験に出る内容こそが基本であり、重要な事項である」などという言い訳に基づいて、 ひたすら試験対策勉強にはしる学生連中である。 彼らは、老人達の妄言に、なぜ、反抗しないのか。

このように、日本の医師国家試験は、医学的に重要でないことばかり出題するようである。 従って、いくら医学をキチンと勉強しても、たぶん、それだけでは、国家試験に合格するのは難しい。 過去問をみるかどうか、という点について、私は2014 年 7 月 17 日に 「要は、私が出題者を信じきれるかどうか、の問題である。」と書いた。 結論として、私は、出題者を全く信じられない。


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